第二十四話
「何あれ」
と小声で尋ねれば、レーテは唇を動かさずに応じる。水穂だけに届く指向性の音波だった。
「外見を擬態しているようです。自己に降り注ぐ光粒子にナノ単位で干渉し、この場の人間の目に届く光だけを捻じ曲げ、姿を変えているのです。また電磁気学的なフィールドを形成し、物理的な干渉についても偽装しています。テレキネシスのようなものでしょう。この視界は磁力や重力子を加味して補正したものです」
「やばくない? なんかファンシーな見た目だけど、自分を偽ってるなんて危険な人なんじゃ」
「私には脅威度の程度は判断できません」
ともかく、遭遇してしまった以上はこの場から逃げるわけにもいかない、ひとまずは流れに任せるしかないだろうと、水穂は撮影クルーたちに向かってうなずく。
「分かりました、食べてるとこ撮るんですよね、私で良ければ」
「おお、本当ですか、助かります」
縦に並んだ球体は様々に色を変えて揺れる。なんだか「あたり」みたいな動きだなと思った。
「えー、では撮影再開しましょ、大貫さん、こちらのお食事メニューというのを紹介していただきたいんですが」
「はい! あのですね、このお店では本格ブラジルコーヒーを出していますが、僕はやはり、お腹にたまる食事を提供したいと思ってたんですね。パウンドケーキとかサンドイッチも用意がありますが、この根乃己の特産であるお米を活かしたい、それも目標としてまして、そうしてたどり着いたのがこちらです」
と、動きながらもずっと喋り続け、奥から運んできたのはランチプレートである。
そこにはスープ皿に盛られた炒飯。ドレッシングのかかったサラダ、こんがりと焼かれて肉汁を流すソーセージというメニューだった。
黄色いTシャツの男が大仰に驚いてみせる。レーテが調整したのか、今は人間の姿と球体の塔が二重写しに見えていた。よく見るとかなり年が行っている。
「ほー、これは名古屋のモーニングみたいですな!」
「そうです! 名古屋のなんでも取り込む柔軟な文化。あれを参考にしました! まず炒飯、これは実は立派な洋食です。多数のハーブの香りを溶き卵でまとめています。バジル、ローリエ、ターメリック、コリアンダーシードなんかを使っていますね。ブラジルは日本よりも香辛料をよく使いますが、とくにコリアンダーシードに注目してほしい。ナツメグのような豊かな香りがありますし、整腸作用もあって健康にいいんですよ」
「いやーいい香りですねー! 炒飯はこないだ別の番組で食べましたけど、これもう絶対それより美味しそう、あ、今のカットであははは」
日本でいうとパクチーやシャンツァイの香り。スパイシーで病みつきになる人がいるのは確かだが、かなり独特な香りであって人を選ぶ。水穂も嗅ぎなれない香りではあったが、コーヒーと焼けたソーセージの香りで何とか食欲のほうが勝った。
「どうかな水穂ちゃん、もしかしてお昼食べてた?」
「ええ、でも時間経ってるので、ちょっとだけいただこうかな」
木の匙を使ってピラフを一口。たしかに独特の芳香だが、口に運ぶと様々な風味が渾然一体となり、まったく新しい食体験を肉体が肯定しようとしてくる。水分の多い根乃己の米はパエリアのように炒め煮にされており、わずかに加わっているのはチキンブイヨンだろうか。
「うん、おいしい!」
そこで少しぎょっとなる。
三人のテレビクルーが一斉に近づいていた。水穂の視界には球体に見える顔が、十数センチの距離にまでまじまじと寄せられ、微妙に色を変え続けている。
「ど、どうかしました?」
「ああ、いや、すいません無意識で……」
黄色Tシャツの男がそっけなく引く。レーテに視線を向けると、彼はすぐ背後にいた。何かあれば攻撃も辞さない気配がある、と水穂だけに感じられる。
「さあ! こちらのランチプレート! なんと480円だそうです! 安ーーい!!」
黄色シャツの小男が踊るように動く。
そしてランチプレートがもう一つ運んでこられ、水穂の差し向かいに置かれた。
「ではちょっとボクもいただいてみましょー! うわーおいしそう! いい香りですねえ!」
ぱく、と口に運ぶ。二重写しの視界の中では球体にぽっかりと穴が空き、そこにピラフが取り込まれるように見えた。
(味、分かるのかなあ……)
「うーん! これはおいし」
一番上の球体が割れた。
「!?」
「うのがががのののげごごご」
二重写しのうち人間の姿のほうが見えなくなる。つまり視界の乗っ取りが解除されたのだ。ピラフを食べた個体は球体三つになって地面をのたうち、他の二体は色を極彩色に変えながら慌てふためく。もちろん大貫も慌てふためく。
「うわ、な、なにこの人たち!?」
「ああああ、光線操作がっ、磁界操作が解除されたああああ」
「レーテ、なにこれ……」
「はい、全波長スキャンを行いましたが、倒れた方は体組成に大きな乱れがあります、そのため直立を維持できずに倒れて、電磁フィールド発生機構の乱れにより全身がアトランダムな蠕動を繰り返しています、つまり」
「つまり?」
「苦しがっています」
「みればわかる」
※
「どうも、お恥ずかしいところを……」
テレビクルーの姿に戻り、黄色シャツの小男は頭を下げる。冷たい麦茶を飲んで呼吸を整え、ふうと深く息をする。
「実は私たち、宇宙人なんです」
「いやその、もう人間だって言われた方が驚く段階ですけど」
大貫があきれたように言い、レーテと水穂も椅子にかけたまま、互いに顔を見合わせる。
「コレってあれだねえ、お悩み相談のパターンっぽいけど」
「そうですね、話を伺ってみましょう」
何やら互いに納得しあい、テレビクルーたちに膝を向ける。
「あのう、さっきの現象って何なんですか? 頭がパリーンって割れましたけど、大ケガなんじゃ」
「ああ、我々の体はガス状でして、この星の大気だと体が拡散してしまうんです、なのでこうして保護球に、つまりガラスの球体に体を封入してるんです、その保護球が割れただけです」
ディレクターらしき人物が答える。
「さっきパリーンって割れたの大丈夫なんですか?」
「四ついっぺんに割れない限り大丈夫です。そのうち拡散したガスも集まってきますから」
小男の頭には新しい球体が乗っていた。頭の上に横長の穴が何本か空き、しゅこー、と呼吸するような音がする。
「こうやって呼吸して、散ったガスを濾しとって集めればいいんです」
「よくわかんないです」
生体については理解を超えているようだと判断して、話を戻す。
「なんでパリーンって割れたんです?」
「お恥ずかしい……実は、ここ最近、少し体調と言いますか、妙な症状が起きてまして」
黄色シャツの小男が言う。彼は小さい体をさらに縮めていた。
「もしかして原因が分からなくて悩んでるんじゃないですか?」
「よ、よくお分かりで」
「ええと……勘です」
根乃己に現れる流れの者にはいくつかの傾向があり、その中の一つが悩みを解決してほしい、というものだ。出会った者が相談に乗り、これを解決するのがREVOLVEのルールとなっている。
「大貫さん、話を聞いてあげて」
「えっ、僕?」
「袖すり合うも何とかって言うでしょ、関わった以上は相談に乗ってあげないと、私たちもサポートするから」
「サポート? うん、まあ、いいけど……」
黄色いシャツの小男がうなだれて、とぼとぼと話し出す。
「私、ピチピチシャツ中野と言いまして、東京の方で芸人やってます」
「はあ、もちろん知ってます、ブラジルに住んでた頃も日本の番組見てましたから、「ここがヘンだよポツンと定食屋」毎週見てました」
「そうなの?」
と小声でレーテに確認する。彼は即座に回答を寄越す。
「はい、ピチピチシャツ中野、マネキ芸能社所属のタレントです。芸歴は24年、グルメタレントとして一定の知名度があり、食べ歩き番組などで多数の出演歴があります。料理本なども出版しています」
「本人なの? 化けてるとかじゃなくて?」
「はい、ネットワークから本人の足取りを確認しましたが、根乃己でのグルメリポートの仕事が入っています。本人と見て間違いありません」
つまり、24年、あるいはそれ以上の時間を人間に化けていたわけだ。そういう流れの者も存在すると聞く。
「そのピチピチシャツ中野さんが宇宙人……」
大貫は信じがたいという顔をしていた。中野は済まなさそうに頭を下げるのみである。
「私たちは将来的に地球への移住を考えていまして、先遣隊として私たち三人が来たんです。テレビタレントに身をやつして文化を学んでいたんですが……」
「ですが……?」
「ある時から、食べレポのときに頭が割れそうなほど痛くなりだして、本日とうとう割れてしまったのです」
すごくシュールな相談だな、と大貫も思ったはずだが、さすが客商売だけあって顔には出さない。
「何が原因なんでしょう……こんな症状は私たちの星では聞いたこともない……まったく分からないのです」
「それは、うーん……あなたたちの体のことと言われても」
と、そこで水穂が割って入る。
「それって食べレポの時だけなの? 一人でいるときとかは?」
「食べレポの時だけです。それも、何かを食べて感想を言ったとき……そう、最初は小倉トーストでした」
「小倉トースト?」
水穂が問い返し。そして思い出す。そういえば、先ほど中野は言っていた、先月ぐらいに名古屋のモーニングを食べたと。
「はい、あれですね、トーストにあんこが乗ってるやつ。それを食べて「おいしい!」と言った途端に頭がすごく痛くなって、その時はなんとかごまかしたんですけど」
大貫も腕を組んで考える。
「ううん、それは……何か、あなたたちに毒性のあるものが入ってたとか……」
「いえ、地球上のどんなガスでも物質でも我々は害されません。しかもそれ以降の撮影で毎回なんです」
「何か、あなたたちだけの病気とか」
「こんな病気は聞いたことも……そもそも我々に病気などありません、寿命もないのです、あなたたちと違って肉体を持たない、ガスですから」
「ううん」
大貫も言葉に詰まってしまう、自分にどうしろというのか、と思わないはずもないだろう。
「割れるってことは、ガスの内圧が高まってるってことでしょ? ガスの内圧が高まる条件って何かあるの?」
水穂が言い、クルーたち三人は互いに向き合って何かを言い合う。二重写しの視界では球体がピカピカ点滅して見えた。
「そうですね……異常な興奮とか、羞恥、憤怒、そういう良くない感情を抱くと内圧が高まりますが、保護球を割るほどというのは考えにくいです。私たちには感情の触れ幅というのがそんなにありませんから」
「……」
だが、どうやらその辺に解答がありそうだと推測する。
何か、彼らの感情を激しく揺さぶるような何かがあったのだ。
「レーテ、ちょっと」
レーテを連れて耳打ちして、そして青年は静かにうなずく。
「分かりました、買ってきます」
「水穂ちゃん、何を?」
「その小倉トーストが原因なんでしょ、じゃあ再現してみようよ、レーテがあんこ買ってくるから、それでトースト作って」
「えっ、僕が?」
「いちいち聞き返さない! 協力するなら最後まで! さあトーストの用意する!」
「は、はいっ」
大貫は慌てて店の奥へ行き、水穂は腕を組んで仁王立ちになる。
球体の一つが、体を揺すりながら尋ねた。
「あ、あの、あなたは何か慣れてる感じですけど」
「気のせいです」




