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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
第三章 底なし書洞と霧雨の碁会
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第十七話



カスタネットの二階は西側が店舗になっており、階段を登って西側には左右に四つの部屋がある。突き当りはトイレである。トイレは来客用が一階二階に一つずつ、家族用のものが一階に一つある。

そこには障子引きの奥、それぞれ十畳の居間を二つに仕切った部屋があり、障子の上あたりが四角に切られ、欄間のような木枠がはめ込まれていた。防犯のために店員が中を覗ける造りである。


竜興老人が開けるのは角を折れて右側の部屋。開けると同時に数人の声が響いてくる。


「こらマルミミ、お前さっき和平結んだばかりじゃろ」

「南洋文明が発展してきたから当然じゃろ、ムシメこそ世界一周ボーナス狙わん言うとったじゃろ」

「まあまあ、二人ともケンカすなよ」


そこには大型のモニターを前に、老人たちが四人。大型のヘッドホンを首からかけた者、度の強そうないわゆるビン底メガネをかけた者、巨大な鷲鼻が印象的な者、離れた場所で畳の上にノートPCを置き、カタカタと何かを打ち込んでいる者の四人である。

部屋は広く十畳そのまま使われている。本来は二部屋に区切るはずが、今は中央の間仕切りを取っ払って一部屋にしているようだ。


大型の画面ではボードゲームのような六角形ヘックスマスが並ぶ画面で、兵士やら騎馬やらが戦っている。


「お前ら、店の中じゃ静かにせえ」


竜興老人がそう言って踏み込み、四人の老人はいっせいに振り向く。


「おう水穂ちゃん、今日もかわいいのう」

「そっちのお嬢さんはどなたさんじゃ?」

「タッちゃん今日の昼めし何かのう。瑛子さんたまにわしらの理解越えたもん作るから、いやたまにじゃないな」

「ええい、いっぺんに喋るな、静かにせえ言うとろうが」


わいわいと騒ぎ出しかけるのを押し止めるように竜興老人が声を強め、場を眺め渡して全員を黙らせる。


「カスタネットのお客さんじゃ、ちとPC使うけえゲームは中断せえ」

「うわそんな殺生な、あと1ターンだけ」


どうやら四人のうち二人がゲームで対戦していたようだ。ヘッドホンの老人とビン底メガネの老人が抗議の声を上げる。


「そうじゃよ、この部屋のPCじゃねえとコユビのゲームが走らんけえ」

「わしは別にええけど」


ノートPCを打っていた老人が応じ、キーをぽんと叩く。とたんにモニター画面に写っていたゲームが消え、アイコンが大量に並ぶホーム画面に戻った。


「ああああああ、まだセーブしとらんじゃろおおおおお」

「中断セーブぐらい取っとるわ、あとで再開したらええじゃろ」


どうやらノートPCと大型モニターとで同期を取っていたようだ。草苅は若干面食らいながらも、持ち前の物怖じのない感性でぺこりと頭を下げる。


「どーも、役場に勤めてます草苅です。最近こっちに越してきました。ちょっとご相談に乗っていただきたくて」

「ほうかほうか、まあ座りんさい、座布団も出そうかのう」


そう言って押し入れを開けるのは鷲鼻の老人、ひときわ皺が深く、顔が魔術師のようで少しどきりとしたが、どうも優しい性格らしいと印象が上書きされる。


「あのー竜興さん、こちらの方々は?」

「碁会の連中じゃ、名は「霧雨会」じゃな」


竜興老人は老人たちの座る間をずかずかと歩いて、壁に立てかけてあったキーボードを手に取り、モニターの背後にあったデスクトップに接続する。鷲鼻の老人がふうとため息をつく。


「相変わらず愛想のない奴じゃなあ。せっかくの若いお客じゃろ、紹介ぐらいしてくれ」


しかしその要請は地蔵のように無視される。すでに仕事モードに入っているのか、それとも普段から愛想など持ち合わせてないのか。かたかたとキーを叩き始めるのを見て、草苅が口を開いた。


「あのー、碁会って囲碁の会でしょ? ゲームしてるんですか?」

「ああ、霧雨会っちゅうのはもちろん碁も打つが、最近はコユビの仕入れてくるゲームとか、コユビが作ったゲームで対戦するのが多いな。いちおう会主はタッちゃんじゃが、ゲームとかレクリエーションの仕切りはわしじゃ、カギハナと呼んでくれ」


カギハナと名乗った老人は明るく笑う。この人物がもっとも高齢に見えるが、互いに少年のようなあだ名で呼んでるところを見ると幼なじみなのだろうか。

老人たちは全体的に小柄な印象であり、八畳間に七人いてもさほど手狭な感じはなかった。ヘッドホンをかけた老人が水を向ける。


「コユビがゲーム作りが趣味でな、碁会の仲間も素材作りに参加しとるんじゃ」

「さっきのゲームとかですか? でもなんか画面も本格的で、だいぶ凝ってたような」


「ああ、そりゃあわしの仕事じゃ、わしがグラフィック担当じゃからな」


と、ビン底眼鏡の老人が話に入る。確かムシメと呼ばれていた。ヘッドホンの老人が間髪入れず食ってかかる。


「違うわ、音楽がええんじゃろ、ワルキューレの騎行のアレンジじゃが現代的なセンスと、電子音も織り込んでビットチューンな感じも出しとる、SEもぜんぶイチから作っとるからの」


と、ヘッドホンを首からかけた老人が言う。こちらはマルミミと呼ばれていた。ムシメはというと眼鏡を親指の腹で押し上げ、張り合うようにマルミミを指差して言う。


「ふん、こいつの曲はこだわりすぎじゃ。芝居なら舞台の真ん中で演奏しとるようなもんじゃ」

「何じゃと、お前のグラこそ凝りすぎで重くなるんじゃ、デザインにも若い感性がないわ」

「若い感性あるわ! モダンでアナーキーな時代の最先端じゃわ!」

「言葉のはしばしが古いわ!」


どうやらマルミミとムシメは喧嘩友達らしい。

コユビとカギハナは我関せぬ様子で、水穂と草苅の前にお菓子など差し出す。


「水穂ちゃんヨウカン食うか、甘納豆もあるぞ」

「いえお昼ごはんの前だからいいです」

「草苅さんスタイルいいのう、わしのゲームでモーションアクターやらんか。見たことあるじゃろ、全身タイツのやつ」

「ギャラ出ます? できれば現ナマで、税務所にバレない感じに」

「おぬしらうるさい」


竜興老人はというとずっとキーボードを叩いている。技術屋らしきコユビは興味があるのか、這っていって横に並んだ。二人とも小柄なので、背後から見ると少年同士がゲームに興じているような錯覚を抱く。


「なんじゃいこりゃあ?」

「まだ分からん、内容のない本じゃ。とりあえず出版社の住所は架空、「とゆる出版」とかいう名前からも何も出てこんな」


すでにいくつか調べていたようだ。草苅もそちらに意識を向ける。


「さっき亞書がどうとか……」

「ああ、亞書か、草苅さんがこれ()うたんかい?」


草苅の持参した「奉書」を開いていたカギハナが呟く。竜興はというと背後のこと全てを空気のように無視しているので、仕方ないという風情でカギハナが解説した。


「2015年ごろ、通販サイトで亞書と題された本が出品されたんじゃ。これは一冊六万円もして、96巻とも112巻とも言われとるが、とにかく大量に作られた。内容は著作権の切れた詩や聖書の引用。あとは意味のないギリシア文字の羅列。作った人物によれば、アトランダムに手打ちしたらしいのう」

「何ですかそれ?? そんなの、誰かが間違って買いでもしない限り売れるわけが」


その発言に枯滝水穂はものすごくツッコミたかったが、流れを尊重して黙っておく。


「立件されておる出来事ではないので「一説では」という表現をするが、これは国会図書館への納本制度を、恣意的に利用したものと言われておる」

「納本制度ってあれですよね、出来上がった本とか雑誌とかをお上に差し出すやつ」


元、雑誌記者だけに、制度そのものは知っていたらしい。横にいたマルミミが話を継いで口を開く。


「そうじゃな、基本的に全ての本は国会図書館への納本義務がある。しかし、それらの本は無償の徴収ではなく、定価の半額で買い取られとるんじゃ」

「え、というと……その亞書も?」

「うむ、事がマスコミなどで話題になった頃には、すでに42冊分、130万前後が支払われておったそうじゃのう」

「でも内容がほとんど無いんでしょ?」

「国会図書館っちゅう組織はな、網羅的に収蔵するんじゃ。内容で納本を求めるか、求めないかを決めることにはきわめて慎重にならんといかんのじゃよ」


とは背後から投げられたムシメの言葉。場の老人たちは全員が承知のことのようだ。カギハナもうんとうなずく


「そうじゃな、内容で判断しとったら検閲に繋がるからのう。しかしまあ、コトの結末としては返金されたようじゃが」

「じゃあその奉書ってやつも、そういうのと似たような……」


「おかしいの……」


竜興老人が呟く、その声は落とした針の音のように、強い存在感を示して無視されることがない。

横で見ていたコユビも首をかしげる。


「確かにのう、こりゃどういうことじゃ」

「お爺ちゃん、どうしたの?」


水穂も大型モニターの前に行き、竜興老人の横にちょこんと座る。


「通販サイトの中から見とるが、出品しとるユーザーの個人情報が何もない、口座も追えん、どこからアクセスしとるかも分からん」

「ここから見れるの?」

「本社の真ん中まで入っとる。しかし編集ログすら見えん、消されとるのはいいとしても、このわしにも見えんっちゅうのは妙じゃの」


コユビが画面を示して口を挟む。


「タッちゃん、書籍の画像から情報取れんか、こっちで分析してもええぞ」

「確認済みじゃ、ジオタグ(撮影した位置情報)が残っとるような画像ではないのう」


基本的に鈍感な気質の草苅ではあるが、さすがに会話の怪しさを察した。


「あの、枯滝竜興さん……、その、何か……ハンザイをなされてませんか……」


おずおずと問いかける草苅の視線の先、コユビが振り向いて、ちっちっと人差し指を振る。


「お嬢ちゃん知っとるかい……バレなきゃ」

「あ、もういいです、わかりました、聞きたくないので黙ってて」

「せめて言わせてくれんか……」

「はっ、わしに言わせれば、家に鍵をかけてない(・・・・・・・)のが悪いわ。それに言っておくが、わしはこれで一銭も盗んだことはないぞ」


竜興老人はまるで悪びれない。その指はキーボードの上で踊るように動き、プロパティ画面のような黒背景に白文字のウィンドウが現れては消える。


「あ、あの、水穂ちゃん、この方たち何者なの? ただのゲーム好きには見えないんだけど」

「みんなお爺ちゃんの幼なじみですよ、素性のほうは、ええと……」


水穂はちょっとだけ迷う素振りを見せて竜興を見る。その小柄ながら猛禽類の眼を持つ老人は、笑うように唇を歪めて言った。


「別に構わん。草苅のお嬢さんは瑛子さんの斡旋で村に来たんじゃろ。REVOLVEのこともご存じじゃ」

「おお、そうかそうか、ではワシらのことも知っといてもらおうかのう」


老人たちは十畳の部屋で、膝立ちになって見栄を切る。


「ある時はお茶屋の若旦那」とマルミミ

「ある時はイチゴ農家の美青年」とムシメ

「またある時は町内会の若頭」とカギハナ

「そしてある時は駄菓子屋のナイスガイ」とコユビ


四人が揃って竜興へと腕を振る。竜興は完全に無視して背を向けていたが。


「そして頼れるリーダー、カスタネットのタッちゃん! 我らが五人、REVOLVEのオブザーバーにして技術屋集団、霧雨の碁会とは、あ、我らのことーよー」


めいめい自由にポーズを決めて。

ぴしりと居並ぶ四人を前に、草苅真未はぽつりと呟いた。


「……わ、若い感性があったと思います」


カスタネットの上空。

湿った冷たい空気が満ちて、雨はしとしと降っていた。



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