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これがわたしの花嫁道  作者: 傘 ハヂメ
エベリア村
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4

 ◇◇◇


 去年の秋に、わたしたちのお姉さん的存在のジーナさんが結婚した。

 お相手は、金の麦穂亭の跡取り息子のロブさんだ。


 ふたりはひっそりと愛を育み、このたびめでたく結婚と相成ったそうな。

 村の若い衆に大人気のジーナ姉さん。そんな彼女を射止めた賠償として、ロブさんは金の麦穂亭に詰めかけた殺気だった男連中に、タダ飯とタダ酒を振舞う羽目になったらしい。

 賠償とはいったい……。男ってなんだかなぁ。


 収穫祭とも重なったその日。婚礼は村総出のお祭りになった。

 村のみんなはなにか理由を探しては、こうやって騒ごうとするものだ。

 大人はお酒。子供は料理でボルテージは最高潮。

 普段は食べられないような、オオイノシシや皇帝鹿の肉に興奮したわたしも大はしゃぎをしたのは恥ずかしい記憶だ。


 とはいえ食い気だけではない。わたしも、いちおうは女の子。

 化粧をした花嫁装束のジーナさんを羨望の眼差しでウットリと眺めたりもした。


「姉ちゃん熱でもあるの? 目つきがかなり変だよ」


 となりで虹色鳥のもも肉にかぶりつくラグが言う。


「目つきが変てなによ、失礼ね。ジーナさん綺麗だなーって」

「ジーナ姉さん、化粧してるね」


 ラグはあんまり興味がない調子で言うと、ふたたび肉にかじりつく。

 どうやらまだ十一歳のお子様には、お嫁さんを見てどうこうといった感想はないらしい。


「あー、いいなー、お嫁さん」

「姉ちゃんはお嫁さんが好きなの?」

「嫁が好きなわけじゃないわよ。好きなひとと結婚して、お嫁さんになるのが素敵だなって思ったの」

「ふーん。ねえ、この肉凄く美味しいよ。姉ちゃんも食べてみなよ」

「あっそ。はあ……」


 食べ物を与えればわたしが満足すると思ってるな。いや、まぁ食べるけどさ。

 もも肉捕食機となったラグを横目で眺めつつ嘆息する。

 こいつ、ひとの気も知らんで……。


 もう隠しても仕方ない。

 察しのいいひとには、いずれバレてしまうだろうからここでハッキリ言っておく。


 わたしはラグが大好きだ。寝ても覚めても大好きだ。

 もちろん弟分として好きという意味ではない。ひとりの男の子に対する好意としての、幼い頃からの想いだ。


 けれど彼に好意を寄せるライバルはとても多い。

 名主の息子という肩書に加え、可愛らしい顔。綺麗なブルーアイ。素直な気質。穏やかな人柄。おまけに努力家で賢い。

 おぉ、あらためていいところをあげると凄いなあ。


 ね、そんなわけで誰が見たって、これは将来優良亭主になるのは間違いないでしょ?

 女の子はチャンバラ遊びで喜んでいる男の子に比べたら早熟なのだ。幼いながらもしっかりとした目利きでパートナー選びをするものなんだよ。


 だから村の同年代の女の子の中でも、ラグが大人気なのは言うまでもない話だ。(ひとまわりくらい離れた年上にも絶大な人気があるのが悩ましい)

 もっとも、女の子と遊ぶのが若干苦手な彼は女子と微妙に距離を置くので、彼女たちも攻略の糸口が見いだせないでいるみたいだけれど。


「いつかわたしも好きな人と素敵な結婚がしたいなー」


 ラグをチラチラ見ながら、手を胸の前で組んでアピールなんかしてみたり。ちょっとあざと過ぎて、わざとらしいのは承知している。

 いいじゃんいいじゃん! わたしだって、たまには女の子だってとこをラグに見せたいのよ!

 でも、この子はお子様だから、こういったことをしても無意味なのが泣けてくる。うぅ。


「好きだよ」

「なにが?」


 ラグは咀嚼したもも肉を飲みこみ俯くと、小声で言った。


「姉ちゃんのこと……」

「……え」


 ラグはわたしよりも背が低い。

 下を向いた彼の表情はわたしにはわからない。


 ラグの耳が赤い。

 見えないけれど、たぶん顔も赤いはず。


「も、もう一回言ってくれる?」

「…………」

「ラ、ラグ?」


 焦燥感に駆られる。

 いま……今ハッキリと聞かなければ、もう二度とこの話は聞けないような。そんな気がしてならない。


 ラグは顔をあげると、なんでもないように言った。


「この肉、美味しいよって言ったんだよ」

「ちょっとおおおお! 絶対違うでしょおおお!?」


 わたしは辺り一面に轟く声をあげた。

 すると絶叫に引き寄せられように現れた、恋の肉食獣と名高いメルとリリルイのふたりが、ラグを取り囲む。

 あげく、どさくさ紛れにやつらは、わたしをふたりがかりで弾き飛ばそうとするではないか。

 おのれ、なんて性悪な娘たちだ。ここでケリをつけたほうがいいかもしれない。


 こうなるのがわかってたから、ひと目を避けて周りから死角になるベストポジションを確保していたのに。それを自ら露見させるわたし。

 あー馬鹿馬鹿。慎重さに欠けすぎだよ!


「ラグゥ。こんなところにいたんだぁ」

「あたしたち探してたんだよ。あ、やっぱ、おまけのマナも一緒にいたんだ。気づかなった。マジゴメンゴメン」

「おまけとか言うな。それと、ひとを突き飛ばしといて気づかないわけないでしょ」

「「ふふん、御託はいいわ。かかってきなさい、マナ」」

「上等よ! 祭りを血祭りにかえたげるわ。あんたたちの血でね!」


 彼女たちもラグが大好きだ。

 付け加えるなら、このふたりはわたしの大事な親友でもあるのだが、恋と友情の両立は無理なものだ。

 わたしも邪魔なふたりを追い払うのに、いつも忙しいのでよくわかる。


「あ、あのさ。せっかくのお祝いなんだから、みんなで楽しくしようよ」

「ラグゥ? そういう日和見なことばっか言ってると、温厚なあたしたちもキレるってものよぉ?」

「ホントホント。男ならズバッとハッキリしてほしいんだよね。そういうのマジムカつく」

「最大の美点は最大の欠点にもなるのよ? ラグ、これは責めてるんじゃないの。わたしたちは優しいから、あなたが大人になって手遅れになる前に指摘してあげてるんだからね」

「なんで、ぼく、険悪になってた三人に、仲良く理不尽に詰られてるんだろ?」


 結局そのあとは、さらに集まってきた友達たちと食べたり騒いだり。

 新婚さんと収穫をお祝いしつつ、お祭り気分を満喫して賑やかな一日がおわる。

 帰り際にラグの父親のアンドレさんに「息子をよろしく」なんて笑いながら言われたりもした。

 その時、隣のラグは明後日のほうを向いて、わたしを見ようとはしなかったっけ。


 さて。

 これは一体どういうことだろう。

 わたしは耳が悪いわけじゃない。なので、あれは絶対に聞き間違いなんかじゃない。


 ではなぜ?


 なにもしていないのに、いきなり幸せが舞いこんだ。

 こんなことって本当にあるの? なにかに化かされているんじゃないのかな。

 だって、あまりにもわたしだけに都合が良すぎる展開でしょ?


 ここは冷静になって考えてみよう。

 ラグがわたしを好きになって、彼にメリットがあるかというと……自分で言って情けないが、うん、ホント、なにひとつ思い浮かばない。


 母親がいないラグは幼い頃からわたしに懐いていた。

 けれど、それは男親しかいない彼にとって、わたしが母や姉の代わりだから。

 要は母性的な存在を求めてのことなのは十分わかっている。わたしが母性的かどうかは、自分ではわからないけどもさ。


 幼馴染に懐かれている理由が、それは恋だからと思うほど、さすがにわたしは能天気でもないし自惚れてもいない。

 あーあ! 万が一にでも、そうだとしたらいいんだけどねっ! そんなのあり得ないから、最初から期待してないよ。ふん。


 だってさー、男の子って、女の子になにかグッとくるものがないと恋愛感情は持てないって、月の恵み屋(うちの村の酒場ね)で騒いでいた村の兄さんたちが語っていたのを聞いたことがあるもの。

 グッとくるものてなに? と聞いたら、男全員でなにかを言いかけたところで、やつらは姉さん方に引っ叩かれていたけれど。


 うーん、わたし特に取柄もないしなー。

 村いちばんの美少女でもないし、家事万能なわけでもない。


 せめて顔だけでも、美人のお母ちゃんに似ればよかったのになぁ。よりによって、やんちゃ小僧のお父ちゃん似なんだよね、わたしってば。

 仕事面を考えても、我が家は農家じゃないから、わたしの畑仕事の練度は隣近所のお手伝いレベル。しかも低レベルの見習いだ。


 あとはそうだなー、うちで飼っているニワトリをしめるのは得意かもねー。それと、やっぱり魚釣りかなぁ。

 でも、魚を釣ったりニワトリをしめるのが得意な女は、はたして十歳の少年が女のわたしを好きになるポイントなのだろうか。

 そうならわたしとしては大層嬉しいが、それはどうも違う気がする。


 なら、あの「好き」はどういう意味なの? 


 さらに言えば、その後ラグがわたしに「好きだ」と言ってくれるようなことは一回もなかった。

 だから思う。結局あれはなんだったんだろう、と……。


 わたしからあらためて聞けるわけもなく。

 だって、期待して聞いて、もし、そういう「好き」と違ってたらと思うと怖いし。


 なので結局、仲の良い姉と弟のようなふたりの関係は変わらないまま。

 あの日のことは今の今まで宙ぶらりんの状態だ。


 ◇◇◇

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