2
「はー、疲れた。でも、これでやっとお勤めも果たせたわ」
望みを伝えて大満足のわたしは椅子に座って大きく伸びをする。
衛兵さんに取り押さえられたバカがなにやら叫んでいたけれど、疲れたわたしはそれを放置して冒険者ギルドにやってきた。
勝手知ったるギルドの二階の応接間。
温かい茶をズーッと飲むと、ささくれ立った気持ちも少しは癒される。
はぁ、お茶おいし。
「なにが疲れただい。国のお偉方を暴風に叩き込んだだけじゃないか。フォローしたわたしのほうが疲れたからな」
「お偉いひとなら、わたしの目の前にいるじゃないですか。わたし、王家の方々と先生以外のひとの肩書は、よく知らないですもん」
「まったく、あんたって子は、妙なとこばかり父親に似て困ったもんだな」
冒険者ギルドのマスターで、わたしの魔法の先生でもあるエルフのメセナさんが、テーブルを挟んだ向かいの席で呆れ顔をした。
じつはこの冒険者ギルド、ある事情で所属する冒険者の多数廃業や新規加入者激減の憂き目にあい、いまやその存在意義すら怪しい団体となっているの。
わたしはそんなギルドの数少ない構成員だったりする。
「だいたいですね、先生。わたしは望みを叶えるためにがんばってきたんですよ。他のみんなみたいに崇高なことなんか言ってられないわ」
「あんたがいまだにブレてないのは感心するけどね。とりあえず王と臣下には早まったマネはしないように言っておいたぞ」
「早まったマネ?」
「いや、こっちの話さね」
先生は風前の灯の冒険者ギルドのマスターの肩書よりも、この国――エイアス国の健国王の妻、つまり王家の祖先としての立場のほうが有名だ。
エイアス王国はとても長い歴史を誇り、平和主義ながらも強国として大陸にその存在感を放っている。
遥か昔に世界の危機を救った先生の名が世界中に知れ渡っているのも、その理由の一つだ。
この国の王家、つまり先生の子孫の方々は、その長い歳月の中でエルフの血も薄れて、あの特徴的な長い耳や、神の創造物のような美しい容姿は受け継いでいない。
そのかわり王族はわたしたちのような普通人よりも寿命が長くて、百年以上は余裕で生きるそうだ。
でも、いまだに見た目が少女の先生と違って、外見は普通にお爺ちゃんお婆ちゃんになっちゃうみたいだけどね。
寿命がないのは王家の祖であるエルフの先生だけ。老いがないその外見は可憐な少女といってもいい。
だけど彼女の具体的な年齢は誰も知らない。
彼女と出会って間もない頃に年を聞いてみたことがあるけれど、額に血管を浮き立たせて黒いオーラをまき散らしていたので、それ以来わたしも聞くのをやめた。
ちっちゃくてかわいい見た目に反して、先生は怒るととても怖いのだ。
「お世話になった人に挨拶を済ませたら、わたしは故郷のエベリアに帰ります」
「おいおい、そんなに急くことはないだろう。決戦がおわって、まだ一週間じゃないか」
「だって早くラグに会いたいですもん」
先生は、私の言葉にフッと微笑んだ。
「あんたは変わらないな。二年前に王都に来た時のまんまだね」
「そうですか? 自分では、ずいぶん成長したって思ってるのになぁ」
村を出てからこの方、魔法の腕を磨き上げて困難を乗り越えてきたのだから変わらないはずはない。
それに身体的にも自己判定上はバッチリ成長したのよ……まぁ、採点はかなり甘々だけどね。
「もう二年も経ったのか。世の動きもそうだが、人は本当に変わりゆくものだな」
「……そう、ですね」
これまでにあった出来事を思い出して、お互いしんみりとしてしまう。
そんな感傷的な空気だったのに、先生はわたしを上から下まで眺めたあとに
「とはいえ、あんたはあんまり成長してないね」
「あはは。それだけは先生に言われたくないですよっ」
「どういう意味だい?」
そういう意味ですが? わたしは先生とは違うのだよ。
睨みつけてくる悠久の時を生きる、ちびっ子美少女を眺めながら心の中で毒づいた。
たしかにわたしは変わった。
今は二年前の平凡な村娘ではない。
魔物を打ち滅ぼした神託の使徒――白を纏う黒の魔導士。それが今のわたしだ。
変わってしまったわたしの中で変わらないのは、いつも胸に抱いていた、この想いだけ。
そう、二年前のある秋の日。
あの日からわたしの運命は動き出したのだ。