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新しい自分


 毎日のように通っていたベンジャミンの部屋もいかなくなって一週間。


 流石に登城するようにとの催促の手紙が来るだろうと思っていたのだが、まったく音沙汰がない。そのことに落胆したが、そういう事なのだと理解した。もうわたしは用済みなのだ。いつかこの日が来るとは実は思っていた。

 ベンジャミンがわたしのことを母親の匂いを再現するための相手としか認識していないのだから、もし自分の気に入る匂いを持つ令嬢がいたらすぐにそちらに意識が向くだろうと。気持ちが辛い割には案外冷静にみられているので、わたしもすでにおかしくなっているのかもしれない。


 家族も何か言いたげな視線を向けてくるので、次の動きを取るべきだと思うのだ。


 公爵家の娘で、王太子との婚約を白紙にされるのだ。国外に嫁に出されるか、修道院へ行くか。


 ぼんやりと部屋の中にいたら、すべてのものが気に入らなくなってきた。長椅子から立ち上がると、お母さまの所に行くことにした。


「お母さま」

「あら、どうしたの?」


 日当たりの良いサロンで刺繍をしていたお母さまは驚いたような顔をした。わたしの顔が鬼気迫る恐ろしいものだったからかもしれない。


「気分転換に、すべてを入れ替えたいのです」

「……すべて?」

「はい。洗剤も何もかも家族と同じにしたいです」


 お母さまは目を細め、考え込んだ。探るような眼差しを向けられたが、負けない気持ちでお母さまから視線をそらさない。


「ようやく気がついたと捉えてもいいのかしら?」

「何のことか、さっぱりわかりませんが、なんだか今の匂いが気に入らなくて」

「そう。部屋ごと変えるには時間がかかるから、とりあえず客間を使いなさい。足りない物は購入すればいいわ」


 あっさりと許可が下りたので、日当たりの良い来客用の部屋に移動することにした。

 来客用の部屋も自室よりもやや手狭だが、十分な広さはある。本は仕方がないとしても、刺繍をしていた布や糸はお母さまの物を分けてもらう。他にも細々とした室内用の靴や手拭きなどもすべてお母さまのを分けてもらった。


「そこまでしなくとも」


 呆れたようにお母さまは言うが、やるなら徹底したい。

 昼間であるが、贅沢にも風呂を使うことにする。用意されている石鹸類は最高級品であるが、今までとは違う香りのもの。髪を洗い、体を洗って、泡に包まれれば不思議な感じだ。

 嗅ぎなれない香りが、自分を新しくしているような気がする。


 丁寧に全身を隈なく洗い風呂から上がれば、新しい衣類が用意されていた。わたしの物ではないため、予備においていたものだろう。


 すべてを新しくしてみれば、とてもすっきりした気持ちになった。

 部屋を変えて、使う石鹸を変えただけなのに。

 髪も結ばずに下ろした。くるくるの髪を丁寧に梳かして形を整えただけ。いつもは匂いが嗅ぎやすい様にと髪を上げていることが多いのだ。


 すとんと長椅子に腰を下ろし、侍女の淹れてくれたお茶を飲む。


「お茶も違う」

「ええ。指定した茶葉でなくていいとのことでしたので、人気のある茶葉にしてみました」


 淡々と説明する侍女にわたしは微笑んだ。


「ありがとう。なんだか生まれ変わった気分よ」


 そう、すべてがうまくいくようなふわふわとした気持ち。

 わたしは自分のことにいっぱいいっぱいでベンジャミンが連絡をよこさない本当の理由に気がつくことがなかった。



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