木っ端みじんに砕けた
過去の浅はかな自分を叱ってやりたい。
よく考えなければいけなかった。ベンジャミンの境遇を理解して、曲がっていなさそうで曲がり切ったその性格を把握すべきだった。
なのに、彼のおとぎ話のような美貌と優しさに浮かれたわたしはとにかく好き好きアタックを繰り返した。頭がゆだっていたのか、恋愛パワーで幻想を見ていたに違いない。
時々、交流を深めるためと二人きりで話す機会が設けられた。そのたびに、ベンジャミンは騎士様のように髪にキスをして、「会いたかった」と耳元で囁くのだ。その距離に初めの頃は恥ずかしくて気を失っていたが、そのうち慣れた。いや、慣らされた。
いつまでも慣れずにいたら、大人になって大変になると言う彼の言葉を聞いて、二人きりでいるときは膝の上に座ることになったのだ。恥ずかしさに鼻血が出ないかと心配で、常に侍女に鼻栓を用意させていたほどだ。
だが鼻血の心配は杞憂に終わった。ベンジャミンの言う通り、すぐに慣れてしまったのだ。ベンジャミンと二人きりの時に膝にのらないなんてありえないほどにまで慣らされた。膝にのれば彼は優しき抱きしめてくれる。その温かい体にほっこりしながらお茶を楽しむ。至福の時だった。
周囲の生ぬるい視線など全く気にしなかった。
ベンジャミンは婚約者になったわたしに菓子だけではなく様々な日用品を贈るようになった。
一緒に参加するお茶会のドレス、肌着、化粧品、さらには香水まで。
実は普段使っているものはすべてベンジャミンが選んだものだ。ええ、それこそ洗濯をする洗剤まで。丸ごと彼の好みで選ばれている。洗剤が贈られていると知ったのは一体いつだったか……。
ベンジャミン自ら選んだというそれらを贈られて、考えの浅いわたしは有頂天になった。貴族令嬢のお友達も茶会の度に示されるベンジャミンの愛にとても感動していた。時々ベンジャミンはわたしが主催するお茶会に顔を出した。蕩けるような笑みをわたしに向けてくれるのが、嬉しくてこそばゆくて。
見ている友人たちは皆頬を染めながら、婚約者を愛している態度が素敵だと褒める。わたしも恥ずかしがりながらも、彼に大切にされていると思われることは女として嬉しいものだった。
二人の関係は順調だった。
ある日、彼の部屋へと招待された。彼の私室には呼ばれたのは初めてだった。普段は王宮の客室で会うのだ。
侍女たちに相談した結果、わたしの一番お気に入りのドレスを着て、贈られた香水を耳の後ろにつけた。
ベンジャミンは褒めてくれるだろうか、綺麗だと思ってくれるだろうか。
そんな期待と不安をごちゃ混ぜにした気持ちで彼の部屋へと案内された。
侍女に促されて部屋に入ると―――。
すぐさま抱きしめられて押し倒された。
え? どこに?
もちろん長椅子に。
ぎゅっときつく抱きしめられて、放心してしまった。いつもは優しく抱きしめて、膝にのせてくれていたがこうして全身で抑えつけられたのは初めてだった。初めて感じる男の力強さに、怖くなった。
慌てて彼をわたしの上からはがそうと暴れるが、やはり男の子。特にベンジャミンは剣術も習っているので、最近では体格差が顕著だ。要するに彼の力が強く、歯が立たない。
「ベンジャミン様……!」
懇願するように名前を呼べば、彼はようやく体を起こしてくれた。その時だ。わたしの4年かけて育てた恋心を木っ端みじんにする呟きを聞いたのは。
「同じ香水なのに、母上の匂いと違う」
「え?」
「何故だろう? 胸だって母上のように柔らかくない」
心底不思議そうに呟いて彼はわたしのまだ発育途中の胸を遠慮なく揉んだ。少し足らなくて、胸に布が足されているのに気がついたのか、ドレスを引っ張たり叩いたりしている。
「ベンジャミン様?」
「ずっと同じ匂いになるように調整していたのに。何が悪かったんだろう?」
彼は王妃になった母と引きはなされて(王族だから母と子の接触が少ないのは普通)、ずっとその代わりになるものを探していたのだと教えてくれた。
それが婚約者になったわたしで。婚約者であれば、どんなに接触しても仲睦まじいと喜ばれることを利用していたのだった。沢山の贈り物も、すべては心安らげる母親の匂いを再現するためのもので。
色々なものが砕け散った。
ベンジャミンは麗しい騎士様ではなかった。ただの母親の匂いを追い求めている変〇王子だった。
この時、12歳の出来事だった。
わたしの能天気な頭を覚醒させるには十分すぎる出来事だった。