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幼い恋


 ベンジャミンが母親の匂いを愛するようになったのには理由がある。


 この国は大きく、継承権争いが活発だ。ベンジャミンは今でこそ王太子であるが、幼い頃はまだ側室の王子だった。2番目の王子であったが、側室と言えども国王の寵愛が厚く、第一王子派と第二王子派で二つに割れていた。毎日のように命が狙われる。


 そんな不穏な中、唯一ベンジャミンが安心していられるのが母親の所だった。刺客が襲ってきても、毒を入れられても何とか生還したのはすべて母親が守ってきたからだ。命にかかわるようなことがあるたびに、母親に抱きしめられ眠るのが習慣だった。


 この習慣から、ベンジャミンは母親の匂いが安全で信頼できるものという形に昇華した。


 ほのかに甘さを感じるすっきりとした花の香りは、ベンジャミンにとって心の平穏を保つ香りなのだ。

 紆余曲折の末、第二王子であるベンジャミン派が勝ち残り、側室だった彼の母親は王妃になり、第二王子であったベンジャミンは王太子になった。


 その後ろ盾として選ばれたのが、第二の王家ともいえる公爵家の長女であるわたしだ。

 同じ年のお友達と遊ぶために城へ行こう、と両親に誘われて、のこのことついていったのだ。それがまさかお見合いの場であるとはつゆ知らず。


 単純なわたしであったが、公爵家の姫としては恥ずかしくないほどの教育は受けている。血筋や政治的な思惑、さらにはわたしの資質をみての打診だったらしい。


 両親はとにかく暗殺に怯える王家に娘を嫁がせるつもりはなく、詳しくわたしに説明をしなかった。それは王家の方も分かっていて、わたしが自主的に頷いたら成立するようなものだった。


 お互い8歳であることと、身分差も少なく兄がいることで男の子になれていたわたしは、優しいベンジャミンとすぐに親しくなった。ベンジャミンは遊んでいる途中で、結婚してほしいと言ってきた。わたしは突然結婚の話になって驚いてしまった。驚いたものの、笑顔で了承した。


 ベンジャミンの顔が天使のようにキラキラしていて好みだったのとお菓子を分けてくれたというプラス要素だけで、彼がいいと思ったのだ。自分で言うのも恥ずかしいが、わたしはとにかく公爵家の姫でありながら、複雑なことを考えない性格で、王家との婚約をさほど深く考えていなかった。


 すぐに了承したわたしにベンジャミンは驚いた顔をしたが、そっと髪を一房手に取り、そっとキスをした。髪にキスを落としながら上目遣いで見つめられ、体がぼぼぼぼと熱くなった。


 その仕草にわたしの乙女心は大爆発を起こしたのだ。恥ずかしさと、嬉しさと、なんだかわからない熱い気持ちで胸が圧迫され、気を失った。


 気を失った後、あまり身長差がないのにベンジャミンはくたりと倒れたわたしを抱きあげようとしてくれたと家族が教えてくれた。


 わたしは意識のない間の話を聞いただけで、悪い奴に捕らわれた姫を助けた麗しの騎士と姫を想像し、鼻血を出した。どうやら頭に血が上ったらしい。侍女がてきぱきと鼻栓を作り、鼻に突っ込んだ。


 お母さまとお兄さまは呆れたような、鼻栓を詰めたわたしに生ぬるいような視線を向け、お父さまは滂沱の涙を流していたがそんなのはどうでもよかった。


 幼いわたしはこうして恋に落ちた。



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