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宮川くんの殺人タックル(星野くんの二塁打・改変)

作者: フォロスト

一時は日本代表にまでなった宮川くん。日大アメフト部でも活躍するが、最近では「精神があわない」と内田監督に評価され、ベンチを温めるだけの日々を送っていた。そんな中、関西学院大学との大事な一戦の最中、宮川は監督に「敵QBクォーターバックを潰してこい、やらないなら出さない」と命令される。その指示に従い敵QBを病院送りにするが、反則行為によって資格没収処分を受け、タックルの様子を映した動画が炎上する騒ぎになってしまう。これは、その試合から数日後のおはなし。


 他大学との春季オープン戦の日どりは差し迫っていた。だから、日大アメフト部フェニックスのメンバーは、一日も練習を休まないことになっていた。学生選手たちは規定の午後四時に集まって、肩ならしのタックル練習を始めていた。


 午後六時、そこへ内田監督が姿をあらわした。学生たちは、監督のまわりに駆け集まって、あいさつをした。留学生のちょうは、いつものとおり、監督が練習の指示をするものだと思って練習器具を取りに行こうとしたが、監督はそれをとめた。


「趙君、ちょっと待て。少し話がある。他のみんなも、ここに来てくれないか。」


 監督は少し歩いて、ベンチに座って脚を組んだ。他の学生たちも続々と集まり、半円をえがいて、監督を囲む形になった。


「諸君、この前の一戦ではよくやった。おかげで、宿敵の関西学院大に勝つことができた。そのことは素直に喜んでいいと思う。――ところで、今日は、諸君の善戦にたいして心から称賛したいところなんだが、ぼくはどうも、そうしかねるんだ」


 学生たちの目は熱心に監督の顔を見つめている。監督の重々しい口調の底に何か容易ならざるものがあることを、だれもがハッキリ感じたからである。

 監督はポケットからタバコをだして、ゆっくりとライターで火をつけた。それから深く煙を吸いこんで静かに言葉を続ける。


「ぼくが、監督に就任するときに、君たちに話した言葉は、みんな覚えていてくれるだろうな。『ぼくは君たちがぼくを監督として迎えることに賛成なら就任してもいい。学長から頼まれたというだけのことでは嫌だ』そうだったろう。趙君。」


 趙は、監督の顔を見てうなづいた。


「そのとき、諸君は、喜んでぼくを迎えてくれると言った。そこで、ぼくは、アメフト部の練習はぼくが一切を決める、そして、いったん決めた以上は厳重に守ってもらうことにする、と言った。また、甘いことをやっていては日本一にはなれないから、監督の指示には完全に服従してもらう、という話もした。諸君は、これにもこころよく賛成してくれた。その後、ぼくは諸君と気持ちよく練習をつづけてきて、どうやら、ぼくらのアメフト部も、少しずつ力がついてきたと思っている。だが、このあいだの一戦で、おもしろくない経験をしたんだ」


 ここまで聞いた時、宮川は、あるいは自分のことかなという気がしてきた。なるほど、ぼくは、さきの関西学院大との一戦で、「相手のQBクォーターバックを潰してこい」と命じられてタックルをし、反則行為で資格没収となった。タックルの様子がネット上にアップされ「殺人タックル」と炎上もした。そして、スポーツ庁の長官が「大変危険なプレー。怒っている」と異例のコメントをする事態にもなった。

 しかし、タックルで相手のエースを途中退場させたおかげで逆転勝利できたのだし、結果は悪くなかったはずだ…それに自分は一選手として指示に従っただけだから、どうしたって監督に叱られるわけはないと、思いかえした。

 その途端に、監督は吸いかけのタバコをぽんと、捨てた。そして、ななめ右まえに座っている宮川の顔を正面から、にらみつけるように見た。


「まわりくどい言い方はよそう。このあいだの、宮川君のタックルが気に入らないのだ。『相手のQBに厳しいプレッシャーをかけていく』、これがあのとき、ぼくが出した指示だった。ところが、ぼくの指示を勝手に勘違いして、相手を病院送りにした上にああいう事態になってしまった。小さくいえば、指示を勘違いして問題を起こし、大きくいえば、問題行為で伝統ある日大アメフト部の名に泥を塗ったことになる」

「しかし、監督、あのときの監督の指示は――。」


 高橋が口を出した。


「いや、宮川君の理解はいわゆる『曲解きょっかい』というやつだ。いいか、いくら結果が良かったからと言って、問題を起こしたという事実にかわりはないのだ。――いいか、諸君、学生アメフトは、ただ勝てばいいというものではない。特に学生の場合は、強じんな身体をつくると同時に精神を鍛えるためのものだ。団体競技として、スポーツマンシップの精神を養成するためでもある。自分勝手な行動は許されない。自分勝手な行動をするような人間は、社会に出たって、社会の役に立つことはできはしないぞ。それに、実際問題、あのとき宮川君のタックルの当たり所が悪ければ、相手はどうなったと思う。危険きわまるプレイといわなければなるまい」


 内田監督の口調が熱してきて、そのほほが赤くなるにつれて、宮川の顔からは血の気が引いていった。

 他の学生たちは、みんな、あたまを深くたれてしまった。


「宮川君はいい選手だ。U-19の日本代表にまでなったのに、本当に惜しいと思う。しかし、だからといって、ぼくの指示を曲解して問題を起こした者を、そのままにしておくわけにはいかない。この件に関しては、誰かが責任を取らなければいけない――」


 そこまできくと、思わず一同は顔をあげて内田監督を見た。宮川だけが、じっとうつむいたまま、石のように動かなかった。


「ぼくは、宮川君に日大アメフト部を辞めてもらいたいと思う。そのために、宮川君はプロ入りをあきらめなければならないだろう。社会人としてアメフトを続けていくのも難しいだろう。もしかしたら、卒業後の就職も危ういかもしれない。しかし、それは自己責任、やむを得ないことと、あきらめてもらうより仕方がない」


 宮川はじっと涙をこらえていた。都合が悪くなったら切り捨てられる、かれはトカゲの尻尾に過ぎないのだ。自分が世の中を甘くみていたことを、心から感じた。


「宮川君、異存いぞんはないな。」


 宮川はうな垂れたまま、弱い声で答えた。


「…異存、ありません」


 内田監督を中心とした若い大学生の半円は、そのまま、しばらく崩れずにいた。

 夜間練習用のライトが、ひとけのないグラウンドを真っ白に照らしている。







参考にしたもの・「日大アメフト部“危険タックル”問題」特集(zakzak by 夕刊フジ)

https://www.zakzak.co.jp/spo/feature/spo35705.html

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