1 妹よ! まずは俺を救ってくれ!
「ふあああ~~~~ああ~~」
どでかいあくびとともに目が覚めた。
夜更かししたせいでまだ眠い。
心地よい穏やかな風が……流石初夏の陽気……? ん? ん? いやいや! 肌を刺す冷たい冷気が、パジャマ代わりのTシャツとトランクスをはためかせる。
あら? 寒いぞ……金玉が縮まる浮遊感!
俺は気が付くと雲の上で寝ていた……と言うより空を飛んでいた。
「うおおおお~~なんじゃこりゃ~~」
「お兄ちゃん! 暴れないで! うまく飛べなくなるでしょ!」
俺の右手を掴み、前を見据えて話しかけてくるこいつは……? 妹! 今まで見たこともないピンクのミニスカート。白いニーソに、ショート丈の白いブーツ。
靴底からキラキラと黄金色の光の粒を撒き散らし、優雅に飛行している。
「ひやあああぁああ~~」
眼下に広がる森の木は小さく、ここがかなりの高さだと知る。思わず妹にしがみつく。
「ちょっとお兄ちゃん! 大人しくしてて! もうすぐ目的地に着くから」
ん? 空の上で? しかも目的地だと? はは~ん。これは夢か! そうだ! これは夢なんだ!
試しに、
「今日はオレンジと白の『しまパン』なんだな! 俺は嫌いじゃないぞ!」
!!!?
「んぁ~~~~~お、お兄ちゃんの~~っ! へんた~~~~~い!!!」
『パシ~~ン!』
平手打ちを喰らった。
おう……妹よ……あのな……そのビンタは仕方ない。俺が悪いのだから……でもよ、だからって……手を離すんじゃないよ~~! それに痛い……てことは! 夢じゃ……
「ぎゃあああああ落ちる~~」
「わあああ~お兄ちゃんごめ~~ん」
こうして俺は妹とはぐれた……
――――――――――
「ここどこよ?」
着地した場所がカルデラ湖になっててよかった……下手すりゃ死んでるぞ……
かすり傷一つもないなんてツイてる! そんなのんきなことを思いながら、濡れた服を乾かすため全裸になった。服と言っても、Tシャツとトランクス(パンツ)だけなのだがな。
幸い人の気配はなく。湖の周りはブルーグラスの芝生が広がっていた。
全裸――気持ちいい。なにこれ? 開放感?
目の前の湖と、その奥に広がる山脈に思わず叫びたくなる。絶景。
「うおぉおおおお~~!」
拳をグーの形にして振り上げる。こうだ! うおお~!
まるでジャングルの王にでもなった気分だ。
――――まてまて、こんなことをしてる場合じゃない。
我に返る。
ここはどこ?
昨夜は、ようやく高校受験も無事に終わり、ずっと我慢していたゲームを明け方までしていたはずだが……もちろん実家の自室で……
そのゲームというのは『完全スキャナー式フルダイブMMO』ヴァーチャルリアリティ体感ゲームのことだ。
完全スキャナー式というのは、事前にゲーム会社へ都合のよい日に予約を入れて、三次元スキャナーが設置されたブースを訪れ、半日かけて全身の骨格や肉付き。関節の可動域。声の抑揚など様々なデータを取り、それを元にゲームキャラを作成するシステムだ。
髪型や、髪色くらいは変更可能だが、ほぼ自分の姿のままゲームに参加しないといけないので、この完全スキャナー式用法には賛否両論あった。だが今では当たり前のように受け入れられ、圧倒的人気を誇っている。
三か月前に発売された、あるタイトルはプレイ人口がすでに300万人を突破し社会現象になっている。
ミーハーな俺がこのタイトルに飛びつかない訳もなく、300万人の1に仲間入りするのだが、高校受験と重なりおあずけにされていた。
ようやく遅ればせながら昨夜、発表当日から取りつかれたようにプレイしていた『妹』の、レクチャーを受け初プレイを堪能した。
感想は――『とにかく凄い』この一言に尽きる。風の匂い。手に触れるものの質感。なにもかもリアリティで溢れていた。なにをするにもいちいち感動で、モンスターとの初戦では、漏らしちゃうのではないかと大興奮した。
この手のゲームは開始から三か月の遅れが即致命的へと繋がる。
すでにやりこんでるゲーマー達は遥か彼方まで攻略し貴重な武器や防具を手にし無双していることだろう……
遅れを取り返すため眠気の限界までプレイし、そしてちゃんとセーブし、主電源を切り、ベットに潜り込んだはずだが……
なので俺は今ここが夢なのでは……? と思っていたのに、ビンタされた頬は痛いし、空から落ちた湖は冷たいし、なにより家着のままなのだから、現実なの……? と疑いたくもなる。
いやいや雲の上にいたのだからまだゲームの中かも知れない……
そのうち妹も探しに来るだろう。そのとき問えばいいか!
今はこの絶景と、ブラブラな開放感を満喫しよう。
『ガサガサ』
ん?
突然、草むらが揺れる。
妹よ。もう迎えに来てくれたか。
しししっ! こっちから脅かしてやろう。
身を低くして、妹を迎え撃つ。
『ガサガサ』
よし! かなり近いな!
「がるるるる~」
俺は熊の威嚇ポーズで叫んだ。
「きゃっ」
え?
あら?
ん~~と? この子誰?
目の前に知らない少女が、尻餅をついている。そして、あんぐりと口を開き、俺の顔と、俺の『なに』を交互に見返している。
…………
「「きゃあああぁぁぁ~~~~~」」
お互い『どこみてんのよ!』『なんてもの見せるのよ!』とばかりにシンクロ悲鳴を上げた。
幸い尻の穴だけは見られずにすんだ。なによりだ!
そんなことより、
「ご、ごめん。服が濡れちゃって乾かしてる最中なんだ。けして怪しいものではない」
まあ……説得力は皆無……少女はギュっと目をつむり、手元の草を掴み、ちぎっては投げ、またちぎっては投げを繰り返してる。
「ごめんごめん。今着替えるよ。ちゃんと履くから」
どうやら少女は腰が抜けたらしい。首まで真っ赤に染めて、恥ずかしのか、怒りなのか分からないが、そりゃ~もう慌てている。
すまんな粗末な物を見せてしまって……
「履いたよ。もう目を開けても平気だよ」
出来る限り紳士に、そして優しく声をかける。
徐々に少女の目が開く。
この少女。妹と同じくらいの年か? 14~15歳てところか!
肩まで伸びた金髪のさらりとした髪は白いレース編みのリボンでポニーテールのようにまとめられている。
白い肌にパチリと大きな碧眼、いわゆる西洋人風。将来有望な美人さんだ。
カラフルなモザイク調のチェニックに、赤いガウチョパンツ、同じく赤いムートンブーツを履いている。
この辺りの民族衣装なのか?
「ごめんね驚かして」
あたふたと取り乱す少女に手を伸ばす。
少女は赤面した顔のまま、まだ疑いの眼差しだ。
「自己紹介がまだだったね! 俺の名前は『シルバーウルフ』だ!」
きょとん顔の少女を横目に俺は、よれよれのTシャツと、少しゴムの伸びたトランクス姿で、言い放った。
――――――――――つづく。
王道! テンプレ! お約束! それすなわち……見ちゃうよね~~!
うんうん! て、人たち。
大歓迎! 是非見ていってね。