仕事は続くよどこまでも
香は精神統一のための手段だ。魔道に使われるのは常に精神力だ。
その状態をつかむために一種の条件反射を作る。それは呪文だったり、あるいは匂い。香を使ってその匂いを嗅ぐとその状況を作る場合も多い。
結局は根性なのだが。
べたついた血は色鮮やかな敷物を濡らしている。
「この血の状態からすれば、死んだのは朝方くらいか」
不幸なこの家の家主を眺める。
すでに死斑が定着しつつある。
出血と言うより、主要な器官をつぶされたことが死因だと延髄の傷を見ながら判断する。
そばにいた若い娘の死骸と中年の女性の死骸。
合わせれば親子三人と言うところか。
焚き込められた香と、古び始めた死骸と、新鮮な死骸の臭いで吐き気を催す臭いがどうやら建物の外まで漂い始めたらしい。
外にいる兵隊達まで吐きそうな顔をしている。
「テロリストの死体と、被害者の死体は分けておけよ」
一応検死に回すが、この二つを混ぜておいておけばマスコミがうるさい。
さっき部下が射殺した別のテロリストの死骸も運び出されようとしている。
「これ、何をするつもりだったんですか?」
死体の脇に雑多なものが積み重ねられている。
「数珠は、もともとの触媒だろうが、ここにある石は対象物かな、あと金属棒は」
サンダース大佐はぶつぶつと呟き始めて、思わず止めた。
分析はいまするべき仕事ではない。
「とりあえず、この魔道士が、一番の目玉だったようだが、ほかにいないとは限らん、まだ残党がいる可能性がある。探索を続けろ」
そう指示を出すと、兵隊たちをひきつれて、准尉二人が連れ立っていく。
細いのと太いのは肉体派と頭脳派だ。ほぼ二人で一人の扱いになっている。
「うん、いねえな」
細いのが呟く。こういう局面ではまず間違えない男だ。
ジャックは焼け焦げた建物を見ていた。
「なんで最初が火炎瓶?」
「銃で武装して、魔道士までいて、えらいチープな武器だな」
レンガ造りの家に火炎瓶など無力あっという間に油が燃え尽きて消えてしまっている。
冬が長く厳しいこの国では建物は壁が厚く燃えにくくできている。
火災事故は普通内部から起きるものだ。
「つうか、そもそも何でこんな市街地で暴れたんだあいつら」
「火炎瓶で放火未遂を起こして、市街地で」
チューザレ・ボルトはしばらく考え込んでいた。
「別働隊が別のところに攻め込んでんじゃねえの」
「ああ、ここに大佐をおびき出して、ここから一番遠い政府関連施設ってどこだっけ」
雑談風に話していたら背後の兵士が青ざめている。
「准尉殿、もしそうなら大佐に進言」
「いや、その可能性はさすがに考えているでしょ」
「大丈夫、魔道士だから、魔道士は呪具で通話ができるんだよ」
何かあればすぐに連絡がつく。そういう点では魔道士は便利だ。
撤収が宣言されたのはそれからすぐだ。
「ああ、やっぱきたのかね」
そんなことを言いながら自動車に乗ろうとしているとレストランに閉じ込められていた客がぞろぞろと出てきた。
その中にミュゲがいた。
周囲に同年代の少女に囲まれていたが。ミュゲもジャックに気づいたのだろう。大きく眼を見開くとそれから口元に指を当てて黙っていてくれとサインを送る。
わけもわからず頷くとミュゲは少女達をせきたてて足早に去って行った。
「幻覚じゃ、なかったのね」
「何やってんだお前、さっさとこい」
どれまた一仕事だとジャックはため息をついて自動車の中の人になった。




