たぶんこの人が一番意外な思いをしてる
ミュゲはにっこりと笑った。しかし目が笑っていない。
「命令とはいえ大変な役目を仰せつかったものね」
朗らかなミュゲとは逆にジャックは悲哀を背中にしょっている。
「命令じゃない、自分のためですよ」
言われてミュゲはぱちくりと眼を瞬かせた。
「軍人は上の判断一つで、生死が分かれます。理想の軍人の上司は清廉潔白で人格者であるかじゃない、どれほど現場で的確な判断を下せるか、聖人君子で無能な上官より、はらわたの腐りきったど腐れ外道でも有能な上官を選ぶ、それが軍人です」
ひくひくとサンダース大佐の肩が震えているようだがそれは無視する。
「ああなるほど、それはわかります」
笑っているのに、怖い。そう言えば以前ミュゲともめていたタイピストのお姉さん泣いていたようだった。
その気持ちは痛いほどわかる。さぞ怖かったろうと同情すら覚える。
「まあ完全に俺の利己的な理由で証言台に立ちました。だから一切サンダース大佐の命令はありません、それにもし俺がサンダース大佐の立場を慮るなら、もっと早く行動します、そちらがあの新聞沙汰を起こす前になんとかできていたはずですよ」
「ああ、それはそうかも」
そして値踏みするようにジャックを見た。
「あなたのお願いを聞いて、あの時のことも内緒にしていたでしょう」
「そうね、それはありがとう」
にこにこにこ。笑顔の大盤振る舞いだが、引くつもりはこれっぽっちもないことが分かる。
「サンダース大佐は冤罪なんですよ、あれが勝手に強姦しろなんてでっち上げただけ」
そう言ってラウールを指差す。この中でだれよりも味方のいない男を。
ダンダルジャン卿とレイシック卿には汚物を見る目で見られ、ミュゲの弟達は露骨に視線に殺意をにじませている 。
友人達、アザレアとナルシッサは虫を見る目を向けている。
そしてかつての友を見るサンダース大佐の視線はもはや凍りついている。
これだけの人間の敵意を買ってしまった以上国外逃亡でもしない限り、彼に未来はないだろう。
「あのとき貴女はおっしゃいました。何故あの程度の男のレベルまで落ちなければならないと、冤罪を分かって起訴に持ち込んだら、結局同じレベルまで落ちますよ、そんなこと貴女の誇りが許すんですか」
「おい」
地を這うような低い声でサンダース大佐が口を開いたが、ジャックは迷わず無視した。
ミュゲは胸を突かれたように息をのんでいる。
「そうね、確かに私はそう言ったわ、あの程度の男になど」
ミュゲは小さく俯いた。
「確かにそれは私の誇りが許さない、わかったわ、起訴はあきらめましょう」
サンダース陣営から大きく息を吐く音がした。
「慰謝料は」
「ああ、それはとっといたほうがいいでしょう。だってあなたを虚仮にして自分達がいい眼を見ようとした連中でしょう、この報復に関しては正当性があると思いますよ」
「おいいっ!!」
サンダース大佐が叫んだがそんな些細なことは気にしないことにした。
「そうなんだ、本当にあいつの味方じゃないのね」
気の抜けたように呟く。
「じゃあ、遠慮なく巻き上げる、これからお金はいくらあっても足りないんだから」
「ちょっと待て、穏便に離婚できるつもりでいるのか、離婚した場合、レイシック卿の非を追求せねばならない、お前も無事では済まないぞ」
「父なら煮るなり焼くなり好きにして、どうなろうとどうでもいいわ」
サンダース大佐はあっさりと言われて呆けた。あそこまで表情のない大佐を見たのは初めてだと部下達は言い合っている。
そしていきなり矛先が着たレイシック卿が大きく口を開けた。
「どういうことだ」
「もうとうに縁を切ったと申しましたのよお父様、いえ元お父様」
ミュゲはあっさりと言った。




