だから悪いのあんただろ
サンダース大佐が、妻となる女性と最初に顔を合わせたときすでに婚姻届は提出されていた。
妻となる少女は、かわいらしいがどこか表情に乏しい顔をしてそこに立ち尽くしていた。
髪の色は薄い金で、淡い菫色の瞳をしていた。
父親は重々しく言った。
「式までは手を出すなよ、ミュゲちゃんは清純な乙女なんだから」
「だったら今婚姻届を出す必要はないでしょう」
「もしあいつが帰ってきてからなら」
あいつとはレイシック卿のことだろうか。
「ミュゲちゃんは別じゃって暴れるじゃないか」
そう言ってプルプル震える。
どうでもいいが、老人に足を突っ込んだ男が手を胸で組んでいやんいやんと身をよじらせるのはただの視覚の暴力だ。
「そうさ、すでに婚姻届が出された後ならあいつもあきらめるだろう」
唐突に悪役面になる。どっちか片方に統一してもらえないものだろうか。
「とにかく、これからよろしく、きれいなミュゲ」
とりあえずおとっときの悩殺ボイスでささやいてみる。
普通なら軽く頬をあからめて、すり寄ってくるのだがミュゲはきょとんとした顔で、思い出したかのように頭を下げるだけだ。
ここにきて、ミュゲに対する印象は最悪になった。
自分になびかない詰まらない女だと。
綺麗なだけで何もできない、役立たずのくせに。生意気な。
何となく意味もなく反感を募らせる。
こぎれいなパステルカラーのドレスも似合っているけれど、いかにも傅かれたお嬢様と言う風に見えて、気に食わない。
彼は上流階級の女性というものは基本的に教養あれど知性もなく、ただ男にすがるだけの存在だと思っている。
そんな存在が男に媚びないなんてありえない。
カーター少尉が自分を袖にしたのとはわけが違う。
何せカーター少尉は自分に金を使わせない。
しかしこれからこの女は自分の金をがっつり使う予定なのだ。
十六歳に、今まで自分がつきあってきた有閑マダムやそういう筋の女性の対応を求めるほうが間違っているということが分かっていない大佐だった。
ぐちぐちぐちとミュゲにあった時のことを愚痴り続けるサンダース大佐にその場にいた尉官達のこめかみに血管が浮いていたがそんなことはまったくおくびにも出さない。
「どう考えても、被害者は向こうだと思うんだが」
「ふつう、十六の子が女癖の悪い中年男とくっつけられたらそりゃ笑顔もうかばんだろ」
ぼそぼそとしゃべっているとギンッとサンダース大佐に睨まれた。
「暇そうだなチューザレ・ボルト准尉、ジャック・ピータース准尉」
サンダース大佐は不機嫌そのものという顔で、二人を睨みつける。
「大佐、あの書類はどうしました」
空気を読まないのか二人をかばっているのかカーター少尉がいつもどおりに声をかけた。
サンダース大佐は自分の書類ケースを探る。
「忘れてきた」
しばし固まっていたが、二人に向き直る。
「ジャック・ピータース准尉、俺のうちまで取ってこい」
「まあ、仕方ないわね、この中で一番書類仕事が遅いし」
ひっそりと事務仕事に適性がないと容赦ないカーター少尉に切り捨てられ、ジャックは大佐の自宅まで書類をとりに行くというお使いをする羽目になった。




