嵐の前の静けさ、もうすぐ
基本的にサンダース大佐は女受けがいい。軍部の受付の女性陣など、サンダース大佐の顔を見るたびに、とろけそうな笑顔を向けてくる。
しかし、ここ最近と言えば。
サンダース大佐の顔を見た途端、張り付いていた受付嬢の顔から笑顔が消えた。そして汚物を見るような嫌悪のまなざしを注がれる。
事務方も、そして数少ない女性軍人たちもサンダース大佐を見た瞬間に顔をゆがめる。
はっきり言ってここまで露骨に女性に嫌われたのはこれが初めてだ。
すべてはミュゲが、サンダース大佐の所業をいろいろな場所に振れ回り、それが軍部の内部に知れ渡った結果だ。
ミュゲよりもミュゲの従姉妹ナルシッサにサンダース大佐は腹をたてていた。
ミュゲのような意志薄弱な女が、そんなことを画策できると思っていなかったのだ。
知らないということは本当に恐ろしいことだ。
そして、いつも自分を心配してくれている、ありがたいがうっとうしい親友がそのかっぷくのいい姿を見せていた。
「お前、軍部でえらいことになっているぞ」
もはや声を出す気力もないという顔で、そう言う。
「お前、さっさと嫁さんに詫びを入れて、帰ってもらったらどうだ、そこで日頃の行いを深く反省してだな」
「それじゃあ、あの女と結婚したと思ってるんだ」
「いくら虐げても文句を言わない女か?」
その前提がすでに崩れていることを指摘してやると憮然とした表情になる。
「お前の有責で離婚した場合、軍部での立場がどうなると思う」
軍と言う組織は建前とは言え質実剛健や規律が求められる。公的書類でこのような不品行がさらされれば、いろいろと今後に差し支える。
これから先が長いのだ。
「それにだ、レイシック卿がすでに戻っている。顔合わせでお前、殺されかねんぞ」
レイシック卿は、自分の行いに甘く、人の行いに辛いという人としてどうなのかという性質の持ち主だ。
周囲の苦悩を察して余りある。
「なるたけ早く、謝罪して、和解するのが得策だ」
「謝罪しようにも、あの女が鉄壁の遮断網を引いて、全く接触できない」
どれほど脅そうと懇願しようと、ナルシッサはミュゲと合わせようとしない。
「まったく、潔癖な小娘にも困ったもんだ」
こういう場合でなかったら、ナルシッサはミュゲよりも好みかもしれないが、あの豚を見るような眼がいただけない。
「それだけのことをしているだろう」
どうして男女間のことにこれだけずれてしまったのか。マグナス憲兵総長の苦悩は深い。
「さすがに最近は暇よね」
軍を出る大佐を尾行しながら、オルタンシャは呟く。
相手は車なので、オルタンシャも自動二輪車でつけているのだ。
偽装も完ぺきだ。どこにでもいる軽運送者の制服を着ている。
出力の弱い自動二輪車で、自動車をつけるのは至難の業だが、オルタンシャはその技術力でそれを成し遂げている。
大佐を嵌めるのは意外に簡単だった。なぜなら、あっちこっちに恨みを買っているので、協力者に苦労しなかったのだ。
とはいえ、最近は女性のところに出入りすることはほとんどない。さすがに本人も自重を考えたのと騒ぎを聞き付けた女性のほうがあちらを避けているせいもある。
サンダース大佐の車が、微妙に速度を変えている。
「気づかれたかな」
オルタンシャは尾行をやめ、別の曲がり角を進んだ。




