嵐は停滞している
「うーわ」
チューザレ・ボルト准尉は目の前の光景を見て立ちくらみを覚えていた。
ミュゲはとんでもない非常識な技能をまったく無自覚に使って全く事態を理解していない。
「まあ、こんだけハイスペックなら、万難辛苦を超えて息子の嫁にって盛り上がるだろうが、ダンダルジャン卿も」
ミュゲは超人レベルにスペックが高い。はっきり言えば化け物だ。
しかし、そんなミュゲを果たしてサンダース大佐が受け入れられるだろうか。
見下し切っていた女が自分よりはるかに高い実力を持っていた。それで素直に相手を尊敬できるかと言えば、あの猫の額が広大に見えるほど心の狭い大佐には無理だ。
いや、むしろ叩き潰しにかかるかもしれない。
そして素直にたたきつぶされてくれるタマでもないだろうあのお嬢さんは。
「なんだろう、不穏な未来しか思い浮かばない」
実際不穏だ、油断している隙を縫ってミュゲのほうこそサンダース大佐を叩きつぶす気満々なのだ。
きょとんとしている少女と、困った顔をしてその少女を見ている同僚。そんな二人を眺めながら、ボルト准尉はため息をつく。
何でよりによってこんな時に。
やけにいらんところで引きの強い同僚に毒ついた。
その日、首都はどこか荒れていた。
そうこの国一のトラブルメーカーレイシック卿が帰ってきたのだ。
そしてレイシック卿は自宅にも戻らず、魔道庁に詰めているという。
実際は自分のやらかしたつけをを払わされているだけだが。
山のような合法非合法の書類に埋もれて、そしてレイシック卿の秘書官はこの国で誰よりも漢と呼ばれる女性なので、どれほどレイシック卿があれようと、書類が終わるまでは決して出さないと、鬼の形相で扉の前に仁王立ち状態。
そしてうかつに扉の向こうで声をかけようものなら、扉を開けて情け容赦なく攻撃魔道をたたき込んだ。
「あのな、もういいだろう」
そう言って銀ぶち眼鏡を押し上げるレイシック卿に秘書官は腰の剣を引き抜いて見せた。
剣は彼女の呪具であると同時に、極めて実用的な凶器だった。
首ギリギリに剣を走らせ、背後の壁に貫通させる。
「それは閣下の不始末分ですが、そして、お留守になさったぶん溜まりに溜まった書類はただの一つも終わっておりませんが」
噛んで含めるように口調はやさしかった。
しかし目が笑っていない。
金髪碧眼のナイスミドルはそのまま引きさがった。
「しかし、娘の顔を」
「そう言えばお嬢さん結婚なさったようで」
その情報は、サンダーススキャンダルを報じた新聞で知った。
不特定多数の女性と不潔な関係を結んでいたサンダース大佐の妻が、今目の前にいるレイシック卿の令嬢だと記されていた。
「初耳なんだが」
「閣下の不始末を穏便に処理して差し上げる代わりに嫁ぐ羽目になったそうですよ」
反省しやがれと視線で語るが、これで反省するならとっくに更生しているはずだ。
「軍部に向かう」
机から立ち上がりかけたレイシック卿は二刀流となった秘書官に食い止められた。
「行きたければすべての書類を終わらせてからです」
そう言って書類を指示す。最短で軍部に向かうにはそれを片付けるしかない。
苦渋の表情で彼は再びペンを握った。




