偶然って何?
一度執務室に戻ったサンダース大佐は翌日再び呼び戻された。
そこには大量の陳情書が山と積まれていた。
「いったいなんです」
「ミュゲちゃんが」
はらはらと涙を流しながらダンダルジャン卿が言った。
「お前と離婚する、ついでに慰謝料よこせと、新聞の対象になった全員に回ったそうだ」
ひくっとサンダース大佐の顔が引きつる。
ミュゲは朝見た限りでは全くの無表情に自分を送り出したはずだ。いつの間にこんな真似をしたのか。
「しかし、離婚などあり得ないはずです、離婚すれば取引はぱあ、父親の巻き添えで彼女自身の身の安全も保障されないはず、さらに彼女の弟達も」
親の罪に連座する。それはこの国でもよっぽどのことがない限り行われないことだ。そうよっぽどのことがない限り。
そしてよっぽどのことをしでかしてしまうのがレイシック卿と言う人だったりする。
「そうだ、ミュゲちゃんと弁護士とそれとたぶんミュゲちゃんの母方の従姉妹、ナルシッサがいたらしい」
滝涙を流しながらダンダルジャン卿は重々しく言う。
「従姉妹ねえ」
「話していたのはもっぱらその従姉妹で、ミュゲちゃんは黙ってその場で話を聞いていたらしい」
サンダース大佐は大きくため息をついた。
よくある話だ。おそらく何の事情も知らない女友達にそそのかされたのだろう。自己主張しない女が流されて、そのまま地雷女になる。
「思っていたより馬鹿だったな」
あのまま流されているのが最善の道だったろうに。
そう思いながら、とりあえず早引けしますとサンダース大佐は宣言し、自宅に戻った。
すでに、ミュゲは荷物をまとめて、家から出ていた。
ミュゲ本人の私物はすべて残っていない。
「さてどこに行ったものか」
おそらく実家ではないだろう。とすれば従姉妹のナルシッサのもとか。
とりあえず実家に行ってナルシッサの自宅を訊ねよう。
「とっとと出ていってください」
ミュゲの母方の叔母に当たる女性はにべもなく言った。
年増だが、なかなか美人と思ったが、それはあえて顔に出さず少しすごんで見せる。
「ミュゲはいないのか」
「あの子を呼び捨てにしないで下さる」
苦々しげに視線に軽蔑をにじませてその女性は言い捨てる。
「とにかく、貴方に話すことはありません、二度とこの家に来ないでください」
どうやら意地でもなにがしかの情報を与えるつもりはないようだ。
背後からやってきた弟達の視線も冷たい。
収穫なしとサンダース大佐は退散することにした。
「ですが、わかっているでしょうが、貴女方の運命は私が握っていることをお忘れなく」
「叔母さん、どいて」
年長の子供のほうがバケツを手にしていた。バケツから漂ってくる異臭に眉をひそめる。どうやらそれは生ごみのようだ。
サンダース大佐は走ってその家を辞した。
ジャックはあわてて車から飛び降りた。
「たく、どうしてこんなとこに出くわすんだ」
毒づきながらミュゲが複数の男達に無理やり路地裏に連れ込まれた現場を追った。




