目からうろこ
「それとは別にだが、聞いておきたいことがある」
かっぷくのいい憲兵総長、ウォルター・マグナスはジャックにそう訊ねた。
「お前、アレク・サンダース大佐の結婚について知っているな」
「知ってますよ」
そこに奥さんがいますとは言わなかった。
ミュゲは無言でその様子を眺めている。
「あいつ、うまくやっていると思うか」
「やってません、本人が言ってました」
ミュゲは軽く眼を細め憲兵総長を見ていた。
「あいつもな、女の趣味がちょっとなあ」
マグナス憲兵総長は深い深いため息をつく。
「ちょっとひと癖ある女が好みなんだ。いわゆるいい奥さんになろうってタイプは見向きもしない。有閑マダムと遊び歩く。そう言うのを見かねて嫁を用意したんだろうが」
まったくもって最悪な男だとジャックはそれが直属上司であることに頭痛を覚えていた。
「できればその嫁さんが何とかあいつを変えてくれればと思うんだ。まともな女と恋愛ができれば」
その顔は沈痛と言ってもいい。男受けの悪いあの上官に対して数少ない親身になってくれる友人だった。
しかし相手はまったく聞く耳を持っていないらしい。
「しかしその」
どうやら相手は目の前にいるのが妻本人であることに気が付いていないようだ。
「十六歳の女の子に根性の曲がりきった三十男の矯正ができるとでも?」
ジャックはとっさに思いついたことを言ってみる。
「無理だな」
友人思いの憲兵総長は深いため息をつく。
「ダンダルジャン卿は何を考えていたのやら」
レイシックスキャンダルのことは知らないのだろうか。とジャックは思った。
あのサンダース大佐をもってして、聞かなければよかったといわしめたあれを。
「一つ聞いていいかしら」
横で聞いていたミュゲが唐突に口を開いた。
「もし、サンダース大佐を矯正するために自分の娘を嫁がせろと言われたらそうする?」
するわけがない。
マグナス憲兵総長の娘さんは五歳だ。五歳児の結婚はこの国の法律で禁じられている。という常識だけでなく。その娘さんを溺愛すること海の如しと言われるほどの親バカなのだ。
誰であろうと娘は嫁に出さんとシャウトする。その光景は彼の友人であるサンダース大佐の部下としてよく見てきた。
硬直しているマグナス憲兵総長を見てミュゲは言った。
「自分の娘にやらせたくないことを他人の娘にやらせようっていうのは身勝手って言わない?」
ああ、ミュゲは深く怒っているんだとジャックは納得した。
ミュゲが態度が悪いとサンダース大佐は言っていたが、そもそも自分の態度が悪くて相手を怒らせただけだったんだ。
ミュゲの表情は動かない。
ただその奥底に何かを潜ませている。サンダース大佐は最初から自分の思い込みだけを優先してみようともしないものを。
そしてジャックもかわいそうな少女としか思っていなかったけれど、この少女は心の奥に何かを隠し持っていると確信できた。




