マスコット
家庭科での出来事
「はい、始め。」
あまりにもあっさりした説明と、並べられた布切れ、裁縫セットにため息をついた。
男子にも料理や裁縫を!
の気持ちはわかる。否定はしない。
だからこうして授業での課題にも真面目に取り組んでいるのだけれど。
しかし、面倒は面倒で
何が楽しくてフェルトでマスコットなんか作らないといけないんだか…
「わっ、河原崎くん上手ー!!」
ぐるぐる考える俺の思考をぶった切るみたいに響いた女子の声に振り返ると、その呼ばれた人、河原崎が大きな身体を小さくして何かを縫っていた。
チラリと見えたそれは、
…ここにゃん?
説明しよう。
ここにゃんとは、わが町、心野町のゆるキャラだ。
って
「河原崎、裁縫できるの?」
すげー
素直に口に出すと、何故か河原崎に睨まれる。
「…別に、できる訳じゃない。妹や弟が、しょっちゅう服を破くから…」
「それを直してあげるの?!やっぱりすごいよ!」
ボソボソと言い訳する河原崎に、被せるようにきゃあきゃあ言う女子達。
すでにそんな女子は気にならないようで、河原崎はチクチクと続きを作っている。
意外性抜群、とはこのことか。
河原崎は、どちらかと言えば寡黙で目立たず無愛想。真面目で悪い奴ではないとみんな解っているが、近付きにくい存在だ。
見た目も大きく目付きがあまり良くないからか、不良に良く絡まれると言っていたのを思い出す。
妹や弟がいて、
更に服を縫ってあげるとか…
可愛過ぎだろ、反則。
チューリップのアップリケを縫っている河原崎を想像して思わず吹き出す。
「…いか。」
「…え?」
その時、河原崎が小さく何かを言って
聞き取れなかった俺はとっさに聞き返す。
「…悪いか。俺が裁縫を好きでいたら、悪いのか。」
凄く不機嫌そうに、普段だったら怖くて逃げ出すような声色なのに
何故だかその声が拗ねた子供みたいに聞こえて、俺は反応に一瞬迷う。しかし、次の瞬間には無意識に微笑んでいた。
「悪くない、悪くないよ。河原崎、本当は凄く繊細で優しいから、俺は似合うと思う。」
嘘ではない。
優しいのも繊細なのも、俺は前から思っていたことだから。
ベタだけど
クラスの花の手入れをしたり、放課後の掃除を残ってしたり。
バレるのが恥ずかしいのか、俺に見つかると逃げるように何処かに行っちゃうけど。
似合うと思う、
そう伝えた時に河原崎は驚いたみたいに大きく目を見開くと泣きそうに瞳を逸らした。
「…笑わないんだな、温井は。」
ありがとう。
そんな風に言ってくれたのは、お前が初めてだ。
そう言って不器用に笑う河原崎が
実はその辺の女子よりずっと、乙女なのを知るのはもう少し、先の話。
これから、仲良くなる?