こんな夢を観た「宝石のようなカマキリ」
友人の木田仁は、飽きっぽいくせに凝り性だ。
「今さ、昆虫の繁殖にはまっちゃっててさ」うれしそうに口を開く。
この日、モール内のペット・ショップで、メインクーンの赤ちゃんを眺めていたら、木田に会ったのだった。
「あ、知ってる。クワガタでしょ? 大きいのになると、何万円かで取り引きされるんだってね」わたしは言った。
「違う、違う。おいらのは、そんなありふれたのじゃないんだ。それに、クワガタはもうはやらないんじゃないかな」
「そうなんだ。じゃ、何? まさか、ゴキブリとかじゃないよね?」半ば、冗談めかして聞いてみる。
おっ、という顔で見つめ返す木田。まさか……ね。
「んー、残念ながら、ゴキブリじゃないんだ。でも、近いよ。同じ網翅目のカマキリだからね」
「えーっ、カマキリとゴキブリって、同じ仲間だったの?!」わたしは驚いた。
ちょっと怖いけれど、逆三角の頭をくりっと傾げ、かわいげがある、とさえ思っていた。それが、あの黒光りをした嫌らしい虫と親戚だなんて。今後、カマキリを見る目が変わりそうだ。
「時代はカマキリさ。これから、カマキリが注目される、おいら、そう思ってるんだ」木田は自信満々に言う。「おいら、エサに金粉を塗りたくってから与えてるんだ。成虫になる頃にはね、体中が金ぴかになってるんだぜ」
金ぴかに輝くカマキリを想像してみた。安っぽい作り物に見えないだろうか。
「うちに寄ってかないかい? 見せてやるよ、金のカマキリ」
せっかくだから、拝見させてもらうことにした。
木田の部屋は、至るところに水槽が並べられていた。まだ卵のもの、アリンコのように小さいもの、ほとんど大人になっているもの、さまざまなカマキリが飼育されている。
「照らしている電球、水槽ごとに明るさが違うんだね」わたしは言った。
「そうさ。ヒーター代わりに白熱電球を使ってるんだ。だって、育ち具合によって、温度管理が必要だろ?」
卵をただ放り込んでおけばいい、ってわけにはいかないんだなぁ。
「ほら、こっちの水槽が6令以上のカマキリ。中には、7回も脱皮をくり返すやつがいるんだ」
木田の指差す水槽は、部屋で最も大きなものだった。青草のところどころに、大きなカマキリがしがみついている。
「ほんとだ、みんな金色をしてる……」安っぽいメッキどころか、神秘的なほど美しい金属光沢を放っていた。思わず、うっとりと見とれてしまう。
「こいつらさ、仮にも金粉を含んでいるもんだから、鎌の威力は凄いんだぜ。素手で触るのは危ないんだ」木田は厚手の革手袋をはめ、金属製のピンセットで水槽の中をつつく。「ほら、こいつのでかさを見てくれよ。触角を除いても、余裕で15センチはあるよ」
ピンセットでつままれたカマキリが、ぶんぶんと前肢を振り回す。さっと身構えた時、じっくりと鎌を見てみると、まるで日本刀のような刃文が浮かんでいた。
「なんだか怖いなぁ。子供の頃、手を出して指を挟まれたことがあるんだよね。すっごく、痛かった。こいつにやられたら、指ごとなくなっちゃいそう」
「ははっ、そんなおおげさな。おいらも指を挟まれたことがあるけど、せいぜいカミソリを滑らせた程度だった。もちろん、血は出たけど」そう言って、絆創膏を巻いた人差し指を見せる。
それにしてもきれいなカマキリだ。金粉を混ぜて食べさせるだけでこうなるんだったら、ルビーやサファイアで文字通り生きた宝石となって、人々の目を奪いそう。
「サファイアでも、試してみれば?」わたしは提案した。
木田は、やれやれというように首を振る。
「コンビニでサファイアの粉でも売ってればなあ」笑って言った。
「あ、そうか。粉にしなくちゃダメなんだっけ。それに、サファイア、高いもんね」思いつきだけで語るので、いつもこうして恥をかく。
「いや、待てよ」木田が何かを思いついたらしい。「ダイヤ……なら。そうだ、ダイヤモンドならいけそうだね」
「でも、ダイヤモンドって、もっと高価じゃん。それに、宝石の中じゃ、一番固いんでしょ? 粉になんかできっこない」先の失敗を撤回できれば、と分別のあるところを見せる。
「工業用ダイヤ、っていうのがあるんだよ。磨き粉なんかに使うのさ。あれなら安いし、パウダーで売ってるぞ」
忘れた頃、木田から電話があった。
「ダイアモンド・カマキリ、ついに完成したよ」
「へーっ、すごい! 今から見に行ってもいい?」わくわくしながら聞く。キラキラと、ただでさえ美しいのに、命を宿して動きだすのだ。
「それがさあ、逃げられちまった……」残念そうに声の調子を落とす。
「えっ、どこに?」
「うん、見ている目の前で、窓から庭へ」
「だったら、捕まえればよかったのに。どうして、指をくわえて見てたのさ」わたしは問い詰める。
「むぅにぃ、無茶言うなよな。相手はモース硬度10のダイヤなんだ。水槽のガラスをバターみたいにくり抜いて、鋼鉄製の窓枠を切り裂いて行っちまったのさ」
願わくば、誰かがうっかり素手で掴もうとしませんように!