同級生の山岡くん
24で結婚して、26で息子が生まれた。
何不自由なく幸せに過ごしてきた片倉ミオは息子をみると思い出す人がいる。
山岡くん。
彼はミオの元恋人ではない。
中学の時の同級生だ。
ただ息子をみると漠然に「山岡くんって居たなぁ」と思うのだ。
山岡くんは中学2年の時に転校してきた。
別に虐められることもなく、平凡に山岡くんは暮らしていた。
不思議だったのは誰とも喋ろうとしなかった所だ。
話し掛けても、「うん」「ううん」の二パターンのみ。
皆変な人を見るような目で山岡くんを見ていた。
山岡くんが転校してきて随分たったとき、私は彼と話す時がきた。
私が教室に忘れ物を取りに行った日、山岡くんはいた。一生懸命何かを書いているのがドアのところからでも分かった。
「…何してんの?」
その言葉に山岡くんはビクッとなって、私の方をみた。
「なんだ、片倉さんか。」
初めて聞く彼の声。私は山岡くんに歩み寄って、ノートを覗き込んだ。
「…小説?」
「そうなんだ。片倉さんはこの事誰にも言わないと思うから見せてあげる。」
彼が何故私なら平気と思ったのかは今でも分からない。私はノートを受け取って小説を読んだ。
小説は短くて、とても読みやすく、すぐに読み終えてしまった。
「これ、おもしろいね!主人公が人じゃなくて犬って所もとても良いよ!」
「でしょ?僕、将来は小説家になって、色んな人を僕の世界に連れて行ってあげるんだ!」
いつもの山岡くんからは想像のつかない嬉々とした顔でそう話した。
「そっか。山岡くんならきっとなれるよ。」
私はそう言って教室を出ようとしたとき、
「片倉さん」
と呼び止められた。
「もし、僕が本当に小説家になったら、一番にその事を片倉さんに報告するよ。」
山岡くんはにっこりと笑って私に手を振った。
「ありがとう。楽しみにしてるね。」
私も同じように手を振った。
私は帰り際に「山岡くんって私のこと好きなのかな?」と思ったりしたけど、今考えたら、彼は誰が来ても同じ事を言っていたような気がする。
それからまた随分と時が過ぎた。
山岡くんとは、あの時から一回も話すことはなかった。
三年生になる前に、彼は静かに転校していった。
それからだいぶ時は流れたのかと思い出に浸っていると、手紙が届いていたことに気がついた。
『片倉ミオ様へ
結婚したと聞いて、住所が分からず色んな人に聞き回りました。
報告が遅くなってしまったことをお詫びいたします。
僕は晴れて小説家になりました。
その事をアナタに教えたくて、手紙を書きました。
山岡マサト』
山岡くんだ。
私は彼が小説家になったことと、それを報告してくれたことが嬉しくて、少しだけ涙ぐんだ。
山岡くんが誰とも話さなかったのは、自分の世界を「今は」見られたくなかったからだろう。
きっと、現在の山岡くんはビックリするぐらいに饒舌かもしれないと思った。
私が息子を見て山岡くんだと思った理由は、息子も小説を書いているからだ。
私は彼に返事を書くためのレターセットと、彼の小説を買いに行くために家の扉を開けた。
空が青く澄みわたっているような、でも気のせいかもしれないなと歩く私の足取りは、いつもより軽かった。