明日の共同体
窓ガラスに映る自分の姿。外に焦点を移すと踏み切りが赤いラインを引きながら通り抜けた。
目で追った後、車内を振り返った。次の駅が終着駅だというのに立つ乗客も多かった。乗客のほとんどはスーツ姿で、七人がけの椅子も埋まっていた。僕はそれを無理やり籠に入れられたブロイラーのように思いながら大きなボストンバックを持ちあげ、電車の進行方向に歩き始めた。沖田が今日は大切な日だと言っていた。だけど思い当たる節が見あたらなかった。
階段付近のドア辺りまで行くと、前に人が並び僕もそこにとどまった。アナウンスが流れてもうすぐ駅に到着することを告げた。そして、電車が止まり、乗客は駅に流れだした。逆に真夏の風が車内に流れ込む。僕の周りを熱が舞う。僕はわざと少し遅めに降り、後ろの乗客の邪魔になりながら電光掲示板を見つめた。当駅止まりという記述と、ここの駅の名前が書いてあった。僕はじっと看板を見つめた後、踵を返すように階段を駆け上った。
〈ぶっきらぼうで角度の合わない靴。僕が非常に疲れている。〉
駅を降りると電灯の少ないロータリーがあって、街並みの影を眼下に示した。駅前の駅に隣接したテナント群はシャッターが締まり、駅から左手にあるマクドナルドでさえ、半分の席は片づけられもう半分も夜を避けるように2、3人のお客がこじんまりと坐っているだけだった。目の前のタクシー乗り場だけ行列が出来ていた。右手にあるバス停に一台の車が止まっているのに気づいた。車に積んだウーハーから重低音が聞こえてくる。窓がおりて、運転手が顔を出してこちらを見ているのがわかった。
「早くしろよ。待ってたんだぞ」
沖田は暗い夜の中で大きな声で言った。
「ごめん、ごめん」
重い体を熱帯夜の風にぶつけながら小走りで車に駆け寄った。ドアを開けバックを入れて、自分も入る。昔を思い出す匂いがした。久しぶりにため息をつけると思った。沖田を見ると髭を伸ばして、目刺帽をかぶっていた。沖田は久しぶりだなと言ってギアをドライブに入れてアクセルを踏んだ。ワインレッドのインテグラ。十年前のスポーツカーだった。ロータリーを半周回って大通りに出た。暗いネオンが僕の回りを回っていく。振動でゆれる車内。サスの調子が悪くなった。沖田は言うが昔からこんなものだったと思う。小石がぶつかるだけでカツカツと下から音が鳴る。
僕は標準語でしゃべるべきか大阪弁でしゃべるべきか迷ったが大阪弁を使うことにした。
「何でこんな時間に呼んだん?」
車内を眺めながら言った。おそらく仕事着と思われる服が後ろの席に転がっている。沖田は質問に答えず頬にしわを寄せおどけたように言った。
「お前すっかり関西弁だな」
「答えになってないじゃん」と聞くと「今日行くのは5年前に決めてただろ?」と沖田は言った。五年前といえば中学二年生だった。沖田がこの町に引っ越してきてから二年が経ち毎日のように遊ぶ仲になっていたころだった。
「どこ? どこにいくつもり?」
僕はタバコをつけながら言った。
「金本が忘れたんだったら秘密やな。あえて言うなら楽園だ。秘密基地やね」
すぐ良くわからないことを言う。昔と同じだ。
「なんで関西弁移ってんよ」
僕は二口目を吸った。
「お前が言うなよ。まあ着いたら判るよ」
そういえば、まだ実家を出て4ヶ月しかたっていなかった。沖田は笑いながらゆっくりと車を走らせた。苦笑いをしながらシートを倒して両腕を頭に巻いた。やっぱりどんな約束だかわからなかった。僕にとってこの車の中が僕の居場所だった。見える景色、草の匂い、人のいない住宅街。そんな場所を走る世代遅れの車。カラフルを装うこともなく死んでいるわけでもないこの町。流動化のないゼリーのような町はいずれ形を維持できず不恰好にとろけるだろう。
「あれやな。後ろにあるの作業着やろ?」
僕はタバコを灰皿に入れながら聞いた。
「そうだよ。ダサいよな。黄色だよ、まっ黄色」
「顔もずいぶん運ちゃんみたいやん」
僕は笑いながら言った。
「それこの前会社の上司にも言われたよ。『お前も大分一人前の顔になったじゃないか』って…職業決まってくるとそれに似合った顔になってくもんなのかな。俺なんか毎週休み一日しかないわけだし、仕事も長いからよ。髭なんて剃ってんの面倒だし、会社もそういうのOKな会社だからな。なんか自分自身そうなっていくのが嫌なんだよな。もうなってんだけどよ」
僕はじっと沖田の顔を見た。
「ちょっとは前みたいに手入れしたらええやん」
「そうだよな。こんな顔じゃモテねえよな」
そう言って沖田はバックミラーを自分に向けた。
「でもまあ別に女とかどうでもいいんだよね。彼女とかいたら何かしら面倒臭いだろう?処理したけりゃ金さえ払えばいいんだし」
鏡を元に戻し同意を求めるように沖田はちらりと僕の顔を見た。僕は返事に困り、そうかなと言った。
「この先に3000円で抜いてくれるところあるけどちょっと寄っていくか?」
沖田の口からそんな言葉出るのは初めてだったから、口をつむいだ。すると沖田は今日行くところはそんなところじゃなかったな。と言った。そして彼女とは上手くいってるかどうか聞いてきた。僕は何も言わなかった。
「なんだよ。別れたの?」
「まあ、そんなところかな」
速度計をチラリと見た。前に重心が乗って、速度計が力なく0に向かっていった。
「でもお前なんてよ。いいもんだよ。俺から言わせれば」
国道線が目の前を横切っている交差点だった。夜も遅いといっても車がよく通る。
「俺なんてこの国道ずっと行ったり来たりしてるだけだぜ。新しい出来事とか、楽しいこととか全然ねーよ。うらやましいよ。飲み会、合コン、サークル、授業。そんな暮らししてみたいよ」
「そんな良い暮らしじゃないよ。簡単じゃないって」
別れた彼女の顔がフラりと横を通った。
「そんな暗くなんなよ。やっぱり抜いてもらいに行くか?」
沖田は寂しそうに笑った。
国道に入ると加速した。車が増して揺れるようになり、僕は半分寝たような状態で過ぎてく街灯を目で追っていた。
「今日、仕事の休み取れたんやな」
僕は聞いた。
「大変だったよ、休みとるの。ローテーション先輩に言って代えてもらったけどよ。そのかわり二週間休みねーよ。本当に死ぬかもしれない」
沖田は他人事のように言った。
「そりゃ死ぬわな。ありえんわ。でも手取り多いやん? いくらやったっけ?」
僕は沖田のほうに向き直って聞いた。
「社会保険とか、年金とか抜いたら34万ぐらいかな?」
「な、34万もあるんやろ?ええやんそれだけあれば…」
「そりゃよ、金本ぐらい時間があったらいいよ。でもな、こう、仕事終わるじゃん? 深夜の仕事だから終わるの昼の二時なわけよ。電話するじゃん?でもみんな仕事とか学校行ってるじゃん。目の前にパチンコ屋あるじゃん。行くしかねーじゃねーかよ」
いい終わったあと沖田は背もたれにもたれかかった。
「だるいよ。ホントに。10日前まで20万も合ったのによ」そういってまたタバコに火をつけた。
「辞めてーな」沖田は煙を吐いた。
「それなら辞めちまえば、失業保険でるからしばらく生きていけるよ。そしたら俺が帰って来たときでもこんな夜中に会うんじゃなく遊べるじゃん」
不意にそんなことを言って僕は恥ずかしくなった。本当は辞めたいのは自分だった。でも本気で学校を辞めることなど考えてない。ただ同じように考えている沖田に対して、自分の身勝手な考えをぶつけただけだった。自分はいつもずるいと思う。『三人』の中で一人だけこの町が嫌で出て行ったくせに懐かしくなって戻ってきた。
「あれなあ。面倒くさいんだよ。一年以上仕事就かなきゃおりないし、仕事やめたら毎日のように職業訓練所とハローワークに通わならねえからさ」
沖田はハンドルを右手に持ち替えて左手にセブンスターカスタムライトを持った。僕は起き上がりポケットからライターを出し、彼の口先に持っていった。金魚のフンみたいに僕も箱を手に取り一本を口にくわえた。
「やっぱり資格だよ。資格がねえとどこにも就職できねえしよ」
「資格のほうが面倒だよ」
タバコに火をつける。 しばし会話が途切れた。音楽がそれを紛らわせる。僕は何か面白い会話が見つからないか探してみた。沖田はじっと道路の先を見ていた。街灯ももうすっかり少なくなった車道は確かに注意してみなければならないようだった。何もない路面を見ながらエンジンの音が妙に静かになった気がした。
「畠山って覚えてるか。 高校のころ一緒にいたやつ」
突然沖田が景色に合わせるように言った。
「ああ、覚えてる。途中で引っ越していったやつだろ」
僕は畠山の顔を思い出してみようと思ったが輪郭しかイメージできなかった。
「そいつなんだけどよ。一ヶ月前あたりに死んだんだとよ」
「えっ何で?」
言った後自分は演技をしていると思った。
「自殺したんだってよ。ネットで集まって自殺するって最近あるだろ。あのなかのメンバーだったんだってよ」
「そうなんだ。知らなかった」
「こっちじゃ有名な話だよ。埼玉新聞にも載っていたし、仕事中ラジオでも聞いた。何度も自殺未遂を繰り返しての行動だったらしいよ。もう少し転校するのが遅ければ仲良くなっていたかもしれないのにな」
「まあな」
そう言ったあと、何か言葉が喉に引っかかったように感じた。正直、畠山の死などどうでもいいことだった。無言の会話が続き、僕は体の疲れを思い出した。沖田に寝てもいいかどうか聞いた。沖田はもうすぐ着くよと言ったがいつのまにか眠りについてしまった。起きたときには車の中で一人きりだった。窓から光が差し目を細めた。電灯が丁度僕の方に向いていた。車の時計を見ると夜中の12時を回っていた。起き上がり周りを見渡した。あたりは黒い夜がひしめいていて景色も見えなかった。車のドアを開けてみると8月のわりに楽な暖かさが体を覆った。目の前にあったのは真夏に相応しくないログハウスだった。ログハウスに取り付けられたいくつかの照明灯が駐車場を照らしていた。置いてきぼりかよと思いながら強くドアを閉めて早歩きで店内へ急いだ。
お店の扉を開けると、乾いたような冷たい空気が走った。BARらしく外の照明よりも暗い店内にはジャズが流れていた。右前の方にカウンターがあり、左にテーブル席が連なっていた。カウンターの男は首を少し傾けていらっしゃいと言った。おそらくマスターであろう。含みのある声からなんとなく上機嫌のように思えた。
テーブル席の方に歩いてみると、沖田の対面に日比谷ともう1人が腰掛けていたのが見えた。日比谷も沖田も僕が入ってきたことには気づいていて、僕の方を見ていた。
「何時まで寝てんだよ。やる気が感じられないっての」
日比谷が大声で言った。おそらくずいぶん酔っているのだろう。
「起こしたんかよ」
僕はあきれたように言いテーブルに向かった。もう一人は髪の長さからおそらく女の子であることは予想がついた。
「起こしたけど、まったくおきそうになかったから」
酔うとおとなしくなる沖田が言った。女の前の席に立ってどうしようかと思ったが日比谷の前には沖田が坐っている。
「なんやそれ、起こしてないやん」
僕はそう言いながら椅子を引いて席についた。
「この子は?」
僕は日比野に聞いた。
「俺の彼女だよ」
その言葉とほとんど同時に彼女は小さく頭を下げた。そうだとはわかっていた。でも関西に行く前には1年目を向かえた日比谷の彼女とパーティーをしたはずだった。僕は冗談の一つも言えずに、どうもよろしくお願いします。と言い、お見合いみたいな挨拶になってしまったと恥ずかしくなった。
「あっどうも、初めまして。日比野さんから聞いてます。昔からの友達だって… 私、坂下優子っていいます」
彼女は俯きながら言った。僕は口元が似ているなと思った。
「同じ学校の同期でさ、女子高出身だからあんまり男と話すの得意じゃないからよ」
日比野が彼女の頭をなでながら言った。僕は男子高だった、こいつはそう言う事情がわかっていない。目の前の人に目を合わせず言った。
「なにじゃあ彼女も看護士目指してるの?」
「子供が好きなんだってよ」
日比野が先に答えてしまうから僕はどうしようもなかった。でも僕のせいでもあると思った。
「まあ飲めよ。お前も」
日比野はそういってメニューを投げるように渡してきた。何を話したらいいのか判らず何か話そうとしても、昔のことについて話すとしたら前の彼女のことに触れてはまずいと思い、どうしたらいいかとメニューを見ながら考え「ここどこなん?」と結局誰にともなく言った。そして沖田が答えた。
「嵐山のほうだよ。前に日比野とドライブしたときに見つけたんだよ。大体俺とか休み取れても夜中しか動きまわれないからさ、夜中二人でドライブしたときに見つけたんだよ」
ぐったりと頭を垂らした日比野は顔をあげて言った。
「乾杯しようぜ。せっかく集まったんだからよ。早く頼めよ」
「わかったよ」
そういってマスターに向ってモスコミュールと言った。
それとなく、日頃の会話が始まり、随分と時間が過ぎた。沖田と日比谷は酔ったことも手伝いいつもより饒舌のように見えた。沖田との車の中にあった一抹の不安も会話の中に消えていった。しかし、話をすればするほど、思い出話に逃げて言って、やがて小学校まで戻ったとき、会話が切り替わった。二人の僕は会話に入れなかった。僕が関西に移ったあとの出来事や流行について話されても困る。僕はとりあえず休憩しようと思いタバコを吸おうと箱を取ったときに日比野の彼女が俯いているのが見えた。話に夢中になっていて気が付かなかったが一番話に入ることが出来ないのは彼女だった。気を使えばどうにかなるものなのかも知れないが、僕が知る限り日比野はそんな器用な人間じゃない。響く声の中トイレに行くと言い席を立った。トイレの鏡の前で立ち、水を出しその流れをじっと見つめた。
僕にとってココは昔の共同体であり、日比野の彼女にとっては日比野が共同体なんだろう。僕自身、本当はわかっているべきことだし、それは気づき始めていた。でも、つい5ヶ月前まで、一緒に仲良くやっていた三人がこのままバラバラな道を進んでしまうのだろうか?鏡に映る自分はそんなに変わってしまったのだろうか?今日の朝剃った髭が薄っすらとまた伸びてきている。 僕は水道の蛇口を閉めて、手のひらで火照った頬を叩いた。そしてトイレから出た。テーブルでは、やはり二人が話を続けていた。彼女も少しは話に加わっていたけれど、それはわずかな部分だった。僕はテーブルに向かいながらずっとここにいるつもりなん?といった。
「それじゃあ、そろそろ行くか」
日比谷は場違いな大きな声で言った。
「もう三時だしな、行こうぜ」
沖田がそれに続いた。
「どこに行くつもりなんだよ」
僕は呆れたように言った。こんな時間に何処に行くというのだろうか?
「秘密だよな」
沖田が日比野に向かっていった。
「そういうことだよ」
日比野は笑っていった。僕は首をかしげていたが、これ以上ココにいても仕方ないので同意した。僕は先に会計を済ませて一番先に扉を開けた。扉は重く開けると熱気が入る。
「やっぱり暑いな」
と沖田が言った。全員の会計が終わり、車に戻るのかと思ったが沖田と日比谷は、真っ暗な道路の方に歩き始めた。彼女が急いで日比野の横に付き僕も慌てて後を追った。
月の光が若干の明るさを供給していた。
僕はその二人の後に続いた。
「何処までいくつもり?」と聞くともうすぐだよと日比野が後ろを向いて答えた。僕は黙ったまま歩き、前の二人は閉まった鉄門の前で立ち止まった。どこかの学校のようだった
「中、入るよ」
沖田は門をよじ登り向こう側に行った。日比野も彼女を手伝いながら向こう側に行った。僕もそれに続いて正門をよじ登った。
正門を通りすぎて少し歩く左の方に駐車場が広がっていた。目の前には四階建ての校舎そびえていた。黒い窓のせいか違和感を感じ、緑色の非常灯と赤い非常用アラームが暗闇の中に浮かんでいた。
「鎖があるから気をつけろよ」
そういって日比野と沖田は先を急いだ。どうやら初めてではないらしい。駐車場の間を突っ切ると体育館が見え、体育館の脇の小さな林の中に入っていった。僕も見失わないよう足を速めた。月も見えぬ場所は草も見えない。光源もほとんどない。日比野の後につづいて彼女が進み、僕と沖田。木の枝が火花を散らすように音を鳴らす。ここから上に上るぞといい、金属の甲高い音が聞こえてきた。
「よくこんな所見つけたもんだな」
僕は関心するように言った。
「酔った勢いだよ。馬鹿みたいだよな。二十歳になってこんなことやってるなんてな」
日比野が上りながら言った。
「結局さ、俺らははみ出しものなんだよ」
沖田は唾でも吐くように言った。僕は金属の階段を上りながら自分の過去を振り返った。何のために僕は大阪に向かったのか、どうしたらこの違和感を元に戻すことができるのか?そう考えたとき梯子が終わり、空が見えた。
日比野は「足元気をつけろよ」といった後、顔を空に向けた。そして僕も空を見た。暗い闇の中で星明りが降り注いでいた。地上には町の明かりが輝いていて、みんな星空を見ていた。僕は四人の意識がひとつに固まっているように感じた。
「やっぱりいいな。ここの夜景は」
日比野は感嘆したように言い大きく伸びをした。
「どう? ここの景色。結構いろんな場所を探したんだぜ」
沖田はタバコに火をつけた。
「すごく綺麗なんだね」
小声でいう彼女の声が日比野の隣のほうから聞こえた。僕は何も言えなかった。今まで出一番輝いた夜空だった。生きているという現実感がありながら現実と切り離された場所のように見えた。光源は二分されて、過去は街明かり、未来は星明かり。そんな風に見える。空の光は散らばって輝き、街の光は中心に向かって輝いている。
「町の光、どこに集まってるんだろう」
僕はふと口をもらした。
「多分駅だろう?」
日比野は僕の言葉に適当に答えた。
「とりあえず、なんかまぶしいよな」と沖田はいった。声が震えていた。いつかその顔を見た気がした。『五年前の約束』という言葉が僕の頭をよぎった。しかしそれは記憶ではなく記録。今沖田が何を思っているのかはわからない。だけど自分まで声が震えそうだった。大切な約束は僕の胃の中で溶けて消えてしまった。気持ちを止めて、わからなくなるまで景色を見ていた。
何分立ちつくしたかわからないが、日比野がカラオケでも行こうと言って、それに全員賛成した。
逃げるように僕らはその場所から立ち去って車に乗った。
カラオケに行ったときにはもう違和感は無くなっていた。騒いで朝になって、沖田は帰らないといけない時間になっていった。僕たちはカラオケを辞めて、僕も帰ることになった。
駅前に車を止めてもらい、僕は重いバックを背負った。
「家までなら送っていくぞ?」日比谷は窓から首を出して言った。
僕は振り返って「いいんだよ。隣駅で母親が待ってるんだよ」と言った。
「じゃあまだこっちにいるんだな」今度は沖田が窓から言った。
「ああまた連絡くれよ。今週中はまだいるから…彼女大丈夫か?」僕は二人に言った。
「ああ、疲れたみたい」日比野が答えた。
「まあ、また明日以降な。楽しかったよ」僕は手を振った。
「またな」と二人が言った。
僕は車に背を向けプラットホームに向かって歩き出した。切符を買って自動改札を通る。階段を下りていくと、ちょうど反対方面は出勤ラッシュのようで多くのサラリーマンが立ち尽くしていた。
階段前の電光掲示板には「間もなく電車が到着します」と書かれている。僕はそれを見て昨日のことを思い出した。星は光を放つがあくまでも重なることはない。宇宙が膨張すればお互いの距離は離れていく。
残念ながら今日は二千年八月七日。二千年に滅んだのは地球ではなく、いくつかの星だけだ。無数にあった希望みたいな物は消えて、僕たちはある程度予測された希望を追う。
思い出をすてて希望に到着するために僕はまた電車に乗るのだろう。そして昨日見た星に到着する。そのとき地表をみたら昨日の僕らがみている。たとえ記憶のコピーが読めなくなっても、景色だけは覚えている。今日みたいにまた同じ空気吸えればいい。多分。
確かにみんなバラバラの世界を歩くことになってしまった。僕が選んだことでもあるし、それは必然だったのだと思う。おまけに5年前に約束したこともすっかり忘れてしまった。
でも、また変わり果てたこの町にきたら、同じ空気を吸える。
とりあえず、それでいいんかな。
気圧ブレーキの響きが聞こえて僕は顔を上げた。僕の目の前に電車が通りゆっくりと止まった。サラリーマンたちのなかに溶け込み、電車の中へ足を一歩踏み出した。
僕を乗せた電車は、駅をおいて進んでいく。