失われた記憶
帰る道のりは長く感じた。
実際に時間的に長かったのだが、それだけではない。
疑問と不安を全面に出すおれと、重い詰めたような少女が無言のまま並んで歩くほど奇妙で滑稽なことはあるだろうか。
やっと見覚えのある門まできた。
凛さんと一緒にいて何も話さないことがあるなんて思ってもみなかった。
「谷口凛、任務終了〜♪」
凛さんは初めておれらを連れて来たときと同じように門番に報告している。
「ほら、夏屶君も言わないと♪」
あっ、そうか。
おれももう部隊の一員だったな。
「浅原夏屶、任務終了しました」
他の人達はまとめて報告していた。
何故自分達だけ名前を言って報告したのかを尋ねると、おれらは個人で任務を行ったかららしい。
園内に入ると凛さんは部屋で待っててと言うと、直ぐに何処かへ行ってしまった。
元々真っ直ぐ部屋に行くつもりだったから、そのまま足を運んだ。
部屋のベットに腰掛けて待っていると、少しして凛さんが入ってきた。
……やっぱり鍵を勝手に開けて
「ごめ〜ん。待たせちゃったね♪」
言葉とは裏腹に悪びれた様子が少しもない……
「他の三人も同じ疑問を持ってるだろうって思って話をするよう頼んできたんだ♪」
そうか。やっぱりこの人はわかっているのか。
おれが疑問に思っていること…知りたいことを…
「でも何故皆で集まって話をしないんだ?」
「それは、僕と夏屶君だけの秘密を作るため♪」
またこの人は……
だが今回は言っている内容の割に苦笑いをしていた。
「じゃあ本題に入ろうか♪」
「…そうしよう」
座ってくれと言ったのだがこのままでいいと拒否され、まあ無理強いをすることでもないのでそれ以上は言わなかった。
「で、夏屶君の聞きたいこととは?」
わかっているだろうにあえて聞いてくるのか。
「面倒は嫌いだから端的に聞く。……何故伸也達が黒にいる」
やっぱり、と小さく呟くと、何故か目の前の少女から笑顔が消えた。
「本当に何も覚えてないんだね?……」
覚えてない?一体何のことを言ってるんだ?
前にもそんなことを言ってきたが、おれには思い当たる節がない。
考えていると、うつ向いていた少女がまるで物語を語るかのように、遠くを見つめながら話始めた。
「…あれは4年前だった。ある街にね、とっても仲が良い四人の子供がいたんだ。男の子が二人…女の子も二人…四人はいつも一緒だった」
何を話しているのか分からない。
おれは物語を聞いたんじゃない。
ちゃんと聞いて、と制せられそれに従う。
自分から聞いたのだからとにかくちゃんと聞いてみよう…
「それでね、いつものように四人は仲良く遊んでたの。本当に楽しそうに…その時までは…そしてね、四人は事件に巻き込まれちゃうんだ」
事件?…四年前に少年少女が巻き込まれた事件なんてあったか?
おれの記憶では何もない。
「何かの事件を起こした人がね、警察から逃げる途中に四人の内の男の子と女の子の二人を捕まえて人質にしたの。他の二人は泣き叫んで助けを求めたよ…でもね、周りにヒーローなんていなかった……皆見て見ぬふり…自分の柵の外のこととしか見てない野次馬…」
凛さんの手に力が入るのが分かる…
とても悲しい顔で今にも泣きそうだ。
「警察の人も戸惑ってて、本当に馬鹿なことをしたよ…犯人の人が子供を連れて車に乗り込もうとした時に、無理に捕まえてようとして駆け寄ってきた。犯人の人は慌ててね、人質にしてた子供達を投げ捨てて逃げようとしたのよ」
なんだこの感じ…頭の中で鮮明に感じられる…
太い腕で捕まれて…周りには泣き叫ぶ子供が……
「運が悪いとしか言いようがなかった…放り投げられた子供はね、たまたま通りかかった車にはねられた……結局二人の内一人はそのまま死んじゃった……」
遠くで鳴るサイレンの音……何かを叫んでる人達……口に当てられてる機械……
これは何だ?……これはおれなのか?
「一命を取り留めたのは男の子だった。けど、記憶が無くなっちゃったんだろうね……残された二人の子供の方はね…たぶん酷く世間を恨んだんじゃないかな…」
目を覚ますと真っ白な壁…天井が目に入り、横には大粒の涙を流している母と父の姿が…
なんでこんな所に寝てるんだろう?
母や父に聞いても驚いた表情を見せて何も教えてくれなかった。
ただ事故にあったとしか…
寝ているベットの横には、同じ歳ぐらいの女の子が寝ていた。
何故か気になって…その女の子の姿をちゃんと見たかった。
自分と同じように付けられていた機械が外されようとしている。
何で外すの?外したら死んじゃうんじゃないの?……
必死に女の子を見ようとした……
そしてその目で見た女の子はとても綺麗に整った幼い顔をしていて、無邪気に笑う顔が似合う、そんな顔で……
でもそんな綺麗で可愛い女の子は知らない…
君は誰?君は何で寝ているの?
君は………
「り……凛?」
「ふぇっ?」
話ながら涙を流していた目の前の少女…
この世界で出会った…面倒で…何を考えているのか分からなくて…時々寂しい表情を見せる少女……
初めて出会った少女……
違う……初めてなんかじゃなかったんだ。
おれはもっと前から知っていたんだ。
こんなにも綺麗で幼い顔をした女の子を……
「凛!」
ベットから立ち上がり、目の前にいる人を抱き締めた。
「思い…出したの?」
あぁ…思い出したさ。
おれが失った大切な人…再会できたのにおれは気づいてやれなかった……
こんなにも近くに居てくれてたのに…
「凛…気づいてやれなくて…忘れてしまっていて……ごめんな…」
「バカ……こんなに近くに居たのに…ずっとずっと寂しかった…もうずっと他人の凛になるのかと思って……怖かったんだよ…」
震えている小さな身体を力強く抱きしめる。
もう離さない…もう失いたくない……
おれの服は大切な人の涙で濡れていった。
「凛…ごめんな」
ただずっと抱き締めて、謝ることしか出来なかった。
おれは何でこんなにも大切だった人を忘れてしまってたのか…
「ねぇ夏屶…甘えたい…甘えていい?四年前みたいに……」
「あぁ…」
記憶が無くなっていても、この温もりは身体が覚えていた。
大切な人の温もりを…
おれたちはいつまでもお互いの熱を感じ、存在を確かめ合った。
もう離れることがないようにと……
「凛…ただいま」
「おかえり…夏屶」
凛「夏屶…」
夏「ん?なんだ?」
凛「なんで抱いてくれなかったの?」
夏「こ、こら!これには指定を入れてないし」
凛「指定?」
夏「と、とにかく四年前にそこまでいってないだろ」
凛「でももう大人だもん♪」
夏「ん〜(そうは見えない…)」
凛「ねぇ、締め落としと鎌で真っ二つはどっちがいいかなあ?」
夏「いや、どっちも遠慮します…うわっ!ちょっ、目が本気だよ!凛、落ち着け!」
凛「あっ、逃げるな♪待て〜♪♪」
夏「誰が待つか!(最近追いかけられてばかりな気がする…)」