ぽやぽや令嬢が婚約破棄を切り出されたなら
「トリスモード公爵令嬢ソフィスティア、本日を持ち、婚約破棄を申し渡す!」
モリスナーゼ王立学院の卒業パーティの最中、大勢の卒業生が広間に集まる中、舞台の上でとある女性を腕にそう傲慢に宣言したのは王太子カイル。
広間にいた全員は思った、「やりやがった」と。
ソフィスティアはぽんやりとカイルを眺めている。
「おい、聞いているのか!?」
ソフィスティアはカイルのその言葉に深々とお辞儀をして言った。
「はい、ありがとうございます」
「はあっ、おまえ、何を言っている?分かっているのか?」
「はい、分かっていると思います。わたくし、殿下と結婚しなくてよいのですね」
なんだか釈然としない言われ方をしたカイルは畳みかけるように言った。
「そうだ、おまえのようなものと一緒になる気はない」
「はい、ありがとうございます」
「うっ、そ、そうだ、理由を聞け、婚約破棄の理由を」
「はい」
なんだか従順なのか馬鹿にされているのかよく分からないが、カイルは自分の腕にぶら下がる女性を見て言った。
「おまえはこのイザベルに嫌がらせを繰り返しただろう」
ソフィスティアは少し首をかしげた。
「わたくし、その方と面識がないように思うのですけれど」
「はああああっ?いただろう、学院に」
「そうなのですね、失礼いたしました。しかし、学院の全員を覚えるのは少し無理があるように思います」
ソフィスティア以外の全員はイザベルを知っていた。なぜなら学院内のところ構わずカイルとイチャイチャしていたからである。ソフィスティアは本当に知らなかった。興味のないものは目に入らない質なのである。
「おまえはイザベルを目の敵にし、階段から突き落としただろう!」
「誰であろうと階段からひとを突き落としたり致しませんが」
「よろしいでしょうか」
ソフィスティアの隣に立つ女性が手を挙げた。
「わたくし、ソフィスティア様の護衛、ステラ・ナナラードと申します。ソフィスティア様と朝学院までご一緒し、学院内では常に行動を共にし、帰りもご一緒いたします。ソフィスティア様がそちらの令嬢に自分で近寄って行ったことは一度もございませんし、階段で突き落としたことももちろんございません。ただ」
「ただなんだ」
「そちらのご令嬢がソフィスティア様に走り寄りぶつかろうとしたことは何度もございます」
「はあああっ?!何を言っている!」
「すべて記録に撮り、宮廷に提出しております」
「そんなもの、でっちあげた!」
「目撃したものもいると思います。挙手をお願いいたします」
その場のほとんどが手を挙げた。
カイルは黙り込んだ。
「噓だ、おまえら全員、グルなんだなっ!」
広間にいた全員は思った、「そんな訳あるか」と。
「あのう、よろしいでしょうか」
ソフィスティアがそっと言った。
「な、なんだっ!」
「殿下と殿下にぶら下がる物体Aは、力学的に非常に微妙なバランスでおられます。物体Aが右20度ほどにフォースを」
「えええい、うるさい!物体Aとはなんだ!」
「失礼いたしました。では、殿下を物体Bといたしましょう」
「ちがーう!おれが言っているのは、そんなことじゃなくて」
「黙ってお聞きくださいませ!」
ソフィスティアの珍しく毅然とした物言いにカイルは黙った。
「物体AおよびBは非常に微妙にバランスを保っているのです。物体Bが急に動けば、物体Aはバランスを崩し、落」
「うるさーーーーーーい、おまえは何を言っているのだ」
ぽやぽや令嬢ソフィスティアに不覚にも黙らされたカイルは激高した。そして思わず一歩グイッと前に出た。そのとき、
「ギャーーーーーーーッ!!!」
イザベルは落っこちた。舞台の上から階段を十五段ほど。それも頭から。
ガタンゴトンとぶつける音が続いた。階段下には髪もドレスも乱れに乱れたイザベル。
しばらく誰も動かなかった。何も言えなかった。
そして、ソフィスティアがぽつんと言った。
「ちますでしょう」
広間にいた全員は思った、「ちますでしょうってなんだ?」と。そして、気が付いた。
発言の続きなのだ。つまり、「物体Bが急に動けば、物体Aはバランスを崩し、落ちますでしょう」だ。
その言葉を期にイザベルはすっくと立ちあがった。生きていたようだ。それどころかソフィスティアにつかみかかろうと走り寄って来た。護衛のステラはソフィスティアをとっさに背後に庇い、剣を柄のまま左手で突き出した。これ以上主に近寄れば、剣を抜くという意思表示である。イザベルはその柄を両手で握り、ぎゃああああと吠えた。まるで悪鬼のような形相だ。
広間にいたイザベル以外の全員は思った、「王太子って女の趣味悪すぎないか」と。
「もうよい、イザベル。下がって休んでいろ」
というカイルの言葉に、
「いやですわ、あの女が懲らしめられるのをこの目に焼き付けるまで、この場を離れませんわ!」
と返し、イザベルはしばらくぎゃあぎゃあ言っていたが、ステラの一歩も引かない態度に業を煮やし、覚えてなさいよ、と捨て台詞を残して、舞台へと向かって行った。散らばったハイヒールはそのままに、ガニ股でずんずん階段を上って舞台へ上がっていく。ずいぶん頑丈な令嬢である。ぼろぼろの髪、あちこち破れたヨレヨレのドレス、裸足で、頭にはあざまでできている。しかし、これくらいで済むとは頑丈な令嬢である。カイルはその様子を見て若干引いていた。いや、相当引いていた。なんか、隣に立つの嫌だな、と思い始めていた。耳障りな怒鳴り声も嫌いだな、と思った。しかし、その場を上手に処理できないのである。続けるしかない。そう、カイルはバカなのである。
カイルは言った。
「ソフィスティア、おまえはイザベルが落ちそうなのに気が付いていながら、それを口にすることなく眺めていたな」
その場にいた全員は思った、「いや、ゆうてたやん」と。そして、「イザベル落としたの、自分やん」という顔をした。
カイルはそれに気が付き、分が悪くなったので、次の手に出た。
「それにだ、おまえは試験において不正をしていたな。学院在籍中ずっとだ」
「わたくし、不正などしておりませんが」
ソフィスティアは何のことだろうと少し首を傾げた。
「おまえのようなぽやぽやした女が学年で常に首位というのはどう考えてもおかしいだろう」
「それについてはぼくがお答えします」
そう言って手を挙げたのは、第二王子ショーンだった。
「卒業生でもないおまえがなぜここにいる」
「はい、たまたま通りかかりましたので」
ひょうひょうとした王子なのである。
「ソフィスティア様の学力は本物です。ぼく、勉強を教えてもらいました」
「なにぃ!」
「ぼくだけではありません。ちょっとみんな、勉強を教えてもらった人は手を挙げてくれる?」
その場のほとんどが挙手した。
広間にいた全員は知っていた。ソフィスティアの一見ぽやぽやした雰囲気は人々の心を包み込む包容力なのだと。そして、先ほども見せたような毅然とした態度も必要な時には取れるし、学力も学年首位の実力だ。自己研鑽の賜物だろう。「この方こそ国母となられるべきお方」、それは広間にいた全員だけでなく、学院の教授陣、スタッフ、いや、ソフィスティアに関わった全員が感じていたことだった。もちろん国王陛下も王妃陛下も。ただカイルだけが気付いてなかった。バカなのである。
この後、この出来事の動かしようの無い醜聞をきっかけにカイルは王太子の座を追われることになった。次に王太子に選ばれたのは第二王子ショーンだ。ショーンはひょうひょうとした態度でトリスモード公爵邸をときたま訪れ、ソフィスティアやその家族と会話や食事を楽しんだ。一つ年上のソフィスティアがあれっと気が付いたときには、婚約ということになっていた。やっぱりすこしぽやぽやしているのである。
ちなみに階段落ちのダメージが後に現れてイザベルは首が右に20度傾いてしまった。あのとき広間にいなかった人々もそれを見て、あれが学園伝説の階段落ち令嬢だと噂した。カイルとも上手くいかなかったのは至極当然のことだとあのとき広間にいた全員は思った。
最後までお付き合いいただき、心から感謝申し上げます。
執筆初心者のため、一歩進んでは二歩下がるような試行錯誤の連続でしたが、 悩みながらも物語を紡ぐ楽しさを知ることができた、大切な時間となりました。
また次の作品で、少し成長した姿をお見せできるよう精進します。本当にありがとうございました!




