第32話 翼と帆、旅立ちの海へ
港の喧騒は、山や森とはまるで違う活気に満ちていた。
魚を並べる声、船乗りが帆を張る掛け声、そして潮風の匂い。
(ここから……ルミナス大陸へ)
胸の奥が熱くなる。セレスティア様が待つ場所、私が戻らなければならない国。その地平線の向こうへ渡る時が、やっと来た。
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「お嬢さん、乗船名簿に名前を」
係の船員に言われ、私は小さく頷いて紙に筆を走らせる。
そのとき――背後から、聞き慣れないざわめきが起きた。
「おい……あれ、聖獣じゃないか?」
「グリフォンの子供!? どうしてこんなところに……」
振り返ると、ソルが小さな翼をばさばさと動かしながら、得意げに私の隣に立っていた。
「ちょ、ソル……!」
慌ててマントで隠そうとするけれど、周囲の視線はもう避けられない。
聖獣が人に懐くなど、普通ではあり得ないのだから。
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『人の子を守るって父上に言われた! だから一緒に行く!』
堂々と響くソルの声に、私は頭を抱えたくなる。
けれど――それでも少しだけ誇らしい。
「……目立ちすぎよ。でも、ありがとう」
ソルは嘴をカチリと鳴らし、胸を張る。
その仕草に周囲はざわつきながらも、やがて「女神の加護だ」と囁く声が混じり、空気が落ち着いていった。
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しかし、そこで終わらなかった。
桟橋の影から数人の男が現れた。勇者召喚を行った国の兵士。
「やはり……光を操る娘、ここにいたか」
彼らの目は獲物を逃すまいとする色に濁っていた。
周囲の港人がざわめき、気まずそうに目を逸らす。
「……ついてくる気?」
問い返すと、兵士の一人がにやりと笑った。
「いや、ただ“主”に会っていただくだけだ」
腕が伸びる――その瞬間、ソルが翼を大きく広げ、金の光を散らした。
『僕の仲間に手を出すな!』
突風が桟橋を走り、兵士たちはたまらずよろめく。
私は一歩前に出て、兵士と人々の間に立った。
「……私はただ旅をするだけ。道を塞ぐなら、容赦はしない」
兵士たちは舌打ちをしながらも、ソルの放つ威圧に押され、退いていった。
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やがて船の鐘が鳴り、乗船が始まる。
私はソルと並んで甲板に立ち、白い帆が風を受けて膨らむのを見つめた。
「行くよ、ソル。ルミナス大陸へ」
『うん! きっと大空を飛ぶより面白い旅になる!』
港の街が次第に遠ざかっていく。
波が船腹を叩き、視界の先にはただ水平線が広がっている。
(待ってて……セレスティア様。今、帰るから)
胸の奥でそう呟きながら、私は拳を握った。
新しい仲間とともに、真の目的地へ向かう航海が始まった。




