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第27話 進んでいた現実

一週間お疲れ様でした!

まだまだ寒い日も多いですが皆様お身体ご自愛くださいね。

 グリフォンを救ったあの日から、胸の奥にずっと引っかかっているものがあった。

 ――アウラ。試練を与えてくれた、あの優しい女神。


(ちゃんと……報告しなくちゃ)


 そう思って、私は街の大教会を訪れた。


 堂々とした白い大聖堂の扉を押し開けると、ひんやりとした空気と祈りの歌声が迎えてくれる。

 高い天井。並ぶ柱。揺れる燭台。

 そして、鼻の奥をくすぐる聖油の匂い。


 ――懐かしい。


 前の召喚で、何度も足を踏み入れた神殿と同じ空気。

 同じ旋律。

 同じ祈り。


(……やっぱり、似てるだけじゃない)


 胸の奥がざわついた。


 私は祭壇の前まで歩き、膝をつく。


 誰もいない大聖堂の中で、静かに目を閉じた。


 祈る。

 ただ、会いたいと願う。


 すると――。


 胸の奥が、じわりと熱を持った。


(……っ)


 心臓の鼓動とは違う、別のリズム。

 封じられていた何かが、呼びかけに応えたように脈打つ。


 耳に届いていた祈りの歌声が、遠ざかっていく。

 床の感覚が薄れ、空気が揺らぐ。


 世界が、ほどけた。


『――愛し子よ。よく来てくれましたね』


 澄んだ声が、頭の奥に直接響いた。


 気づけば視界は白に染まり、私は再びあの聖域に立っていた。

 どこまでも広がる光の世界。


 その中心に佇むのは――変わらぬ微笑みを浮かべた女神アウラだった。


「アウラ様……!」


 思わず駆け寄ってしまう。

 胸が熱くて、目尻がじんとした。


「試練……終わらせました。堕ちたグリフォンを救いました」


『ええ。見ておりました』


 アウラは穏やかに頷く。


『あなたの力は確かに戻りつつあります。よく耐えましたね』


 その声を聞いているだけで、胸の奥が温かくなる。

 褒められた子どもみたいに、ほっとしてしまう。


 けれど――。


 次に告げられた言葉は、その温もりを一瞬で凍らせた。


『……あなたが再びこの世界へ呼ばれるまでの間に』


 アウラの声が、わずかに沈んだ。


『海の向こう――セレスティアでは、二十五年という時が過ぎてしまったのです』


「……え?」


 理解できなかった。


 セレスティア。

 その名前を聞いた瞬間、頭の奥で何かが弾けた。


 ――白い城壁。

 青い旗。

 石畳の街。

 剣を握り締めた手。

 戦場の匂い。

 仲間の声。


(……セレスティア)


(待って、それって――)


 私は息を吸うのも忘れて、アウラを見上げた。


「……アウラ様」


 声が震える。


「それ、私が……前にいた国の名前……ですよね?」


 アウラは、静かに頷いた。


『ええ』


 その一言で、世界がひっくり返った。


(同じ世界……?)


(私は、別の異世界に来たんじゃない)


(……帰ってきた?)


 いや、違う。


 私は“帰ってきた”んじゃない。


 ――置き去りにされた。


 私が知らない時間が、あの場所で進んでいた。


「……そんな、はず……」


 唇がうまく動かない。


 私は確かに元の世界へ帰った。

 十年を過ごした。

 それから再召喚された。


 だから当然――こちらの世界でも、十年くらいだと思っていた。


 なのに。


『二十五年』


 数字が、遅れて胸に刺さる。


 十年と二十五年。

 十五年も違う。


 その差は、単なる時間じゃない。


 人生だ。


(十五年あれば……子どもが大人になる)


(十五年あれば……国が滅ぶことだってある)


(十五年あれば……人は死ぬ)


 思考が勝手に最悪の結論へ走る。


 膝ががくりと崩れそうになり、私は必死で踏みとどまった。


「……待って」


 喉が、ひゅっと鳴る。


「じゃあ……私は」


「また召喚されたっていうより……」


 言葉にしたくない。

 でも、口が勝手に動いた。


「同じ世界に……二度目の召喚をされたの?」


『……そうです』


 アウラの肯定は、優しすぎて、残酷だった。


『あなたは確かに、この世界の召喚者です』


『ただし――今回は、前とは別の大陸に呼ばれました』


『あなたがいない間も、世界は止まりません』


『セレスティアは、あなたを待ってはくれなかったのです』


 その瞬間、私は理解してしまった。


 私は異世界に「来た」のではない。


 同じ世界に、違う場所へ落とされた。


 しかも。


 私が知らない二十五年が、あの国を塗り替えてしまった。


(……仲間は?)


(私が守った国は?)


(あの人は……生きてるの?)


 喉が詰まり、息が苦しくなる。


 涙が出そうなのに、出ない。

 ただ胸の奥だけが、氷みたいに冷えていった。


『時は容赦なく人を変えます』


 アウラは静かに言った。


『あの国に生きる人々の運命も、すでに大きく動いてしまったのです』


 優しい声なのに、突き刺さる。


 まるで、取り返しのつかない現実を突きつけられているみたいだった。


 私は唇を噛み、拳を握りしめる。


 痛いほど強く。


『セレスティアは今、混乱の渦にあります』


『皇帝や皇子たちは次々と倒れ、教会の一部が暗躍し、民は不安に沈んでいる』


『そして私の姉も――力を削られ、苦しんでいます』


 その言葉は、噂話で聞いた内容と重なった。


 酒場の笑い声。

 荒唐無稽な噂。

 それが一気に現実へと変わっていく。


『あなたの力を必要としているのです』


 アウラの瞳が、まっすぐ私を射抜く。


『どうか――この世界を救ってください』


『そして、姉を』


 その声はあまりにも優しく、あまりにも残酷だった。


 私は言葉を失ったまま立ち尽くす。


 光の中で、胸の奥だけがずっと冷えていった。

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