表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/35

第26話 酒場での噂話

 冒険を終えて街に戻ると、自然と足が向くのは酒場だった。


 山を降りてきたばかりの足は重い。

 身体の奥に残る熱も、まだ完全には引いていない。


(……私、ほんとに聖獣を浄化したんだよね)


 実感が湧かないまま、木の扉を押し開ける。


 瞬間。


 わっと湧き上がる喧噪と、香ばしい肉の匂いが押し寄せてきた。


 酔った笑い声。

 ジョッキがぶつかる音。

 床を踏み鳴らす足音。


 この雑多な空気に触れると、やっと「街に戻ってきた」と思える。


「おーい、新人ちゃん帰ってきたぞ!」


「生きて戻ったな! まずは一杯いっとけ!」


 からかわれつつも、ちゃっかりスープを奢ってもらい、私は隅っこの席に腰を下ろした。


 湯気の立つスープをすすり、ほっと息をつく。


 グラスを傾ける冒険者たちの声は大きく、壁を越えて耳に飛び込んでくる。


「おい聞いたか? 隣の海を渡った大陸じゃ、神殿がなんか怪しい動きしてるらしいぜ」


「またかよ。あそこは昔っからきな臭ぇ噂ばっかりだろ」


「いや、今回はマジらしい。妙な祈祷を繰り返してて、村ひとつ丸ごと立ち入り禁止にしたって話だ」


「立ち入り禁止? なんだそりゃ」


「しかもよ、皇帝が倒れたって噂もある。病だとか呪いだとか……」


 酒と一緒に飛び交う言葉は、荒唐無稽にも聞こえる。

 でも、妙に生々しい。


 その瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。


(……女神アウラが言ってた話と、似てる)


 私はスープのスプーンを止めた。


 隣の大陸。

 遠い場所のはずなのに、なぜか背筋が冷える。


「へぇ……そんな国もあるんだ」


 私はパンをちぎりながら、ひとごとのように呟いた。


 誰も私の言葉なんて気にしていない。

 冒険者たちは酒の勢いで、さらに噂を膨らませていく。


 けれど私は、笑えなかった。


 隣の大陸。

 名前すら知らなかったその場所に、いま私の運命が繋がっているなんて――このときはまだ、はっきりとは理解できていなかった。


(まぁ……関係ないよね。今の私には)


 そう思いながら、スープをもう一口すすった。


 温かいはずなのに、喉を通る感覚がどこか冷たい。


 ただ、その夜の噂話は、私の胸の奥にかすかな棘のように引っかかって離れなかった。


 嫌な予感だけが、静かに残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ