第11話 進路の選択
草原に立つと、風がすうっと身体を撫でていった。
夜の冷えが残る空気の中で、星がまだ薄く瞬いている。
胸の奥は、回想で暖かくなった分だけ、現実に戻るとすうっと冷たくもなる。
小袋の中でじゃらりと鳴る硬貨が、今の私の全てだ。これが尽きれば、文字通り路頭に迷う。
だからこそ、最初の一手は慎重に選ばねばならない。
(で、どうする? 冒険者ギルドで腕を磨くか――それとも、商人の下で雑用か。宿屋の手伝いで寝床確保もありか。はたまた、農村で野菜でも作る?スローライフ?できるかな?)
頭の中で選択肢を並べると、どれも一長一短だ。冒険者は稼げるが危険度が高い。商人や宿屋は安定するが収入が少なく、しかも人間関係に疲れそうだ。農村は平和だが情報や移動手段が限られる。
(うーん。現実的に考えれば、まずは情報が必要だよね。どこに何があるか分からないと、次の一手が打てない)
情報、移動手段、資金――この三つを短期間で確保するルートを探る。答えは自然と浮かんだ。
(近くの街に行って、冒険者ギルドと港の有無を確認する。ギルドで小仕事を拾いつつ、港があれば向こうの大陸への航路も調べられる。うん、それが一番現実的)
冒険者ギルドは「稼ぐ」「情報を得る」「人脈を作る」の三拍子を短期に揃えてくれる。危険はあるが、私の性格ならリスクを最小化しつつやっていけるはずだ。何より社会人経験で培った図太さがある。無茶振り対応は得意中の得意だ。
(死ぬ確率高いって言ったけど、何もしないよりは確率下げられるよね。最初は雑用とか護衛の補助から入ればいい。あと、目立たない大人の振る舞いも武器になるし)
もう一つ、忘れてはならない現実がある。前回の「聖女」時代の記憶は、今は胸の奥に仕舞っている。これを口にするつもりはない。むしろ普通の異世界人として振る舞えば、余計な期待や危険を避けられる。
(秘密は後で役に立つことがある。今はそれを隠して動く。それだけ)
決心は案外あっさりついた。地図もなく、携帯もない。だけど、地図の代わりは人の口、携帯の代わりは足だ。まずは東か南――地平線の向こうに見えた、光の揺らめきが町の灯りに見えた気がした方向へ歩き出すことにした。
朝日が上り始め、草の先端が金色に輝く。私は小袋をぎゅっと握り、肩にかけた簡素な荷を直す。靴は現地のものだ。歩き慣れた道とは違うけれど、歩くこと自体は変わらない。
(よし。まずは町を探そう。ギルド、港、食い扶持。順番に潰していけば、なんとかなるでしょ)
心の中で軽く宣言すると、不思議と体の動きが速くなる。歩くたびに景色が流れ、草原の風景はやがて木立へと変わっていった。遠くに人影が増え、家影が見え始める。町が近い。
初めて異世界に来た時とは違う。あの時の私なら、目の前の不安に潰されて動けなかっただろう。だが今の私は、冷静さと図太さと少しの悪あがき心を携えている。二度目だから、という事実は口には出さないけれど――確かに心のどこかで支えになっている。
(まあ、最初の仕事は「情報集めと寝床確保」。おいしいご飯と風呂があれば、あとはどうにでもなるってもんよ)
そう考えて、私は早足で町へ向かった。
朝の風が背中を押してくれる。遠くで人々の声が混ざり合い、新しい日常が私を待っている気がした。
――やり直しの一歩目は、いつだって自分で踏み出すものだ。




