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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
創世時代 (神韻残響95)
9/22

1-4.神々の諍い

「サリム、カイレル。我が子らよ」


 ――それは、全てを包み込むような深みと響きを帯びた声だった。


 ワタルと兄弟との間には、はるか天空を挟むような距離があった。だが、神の言葉は空間の制約などものともしない。まるで空そのものが語りかけてくるかのように、二人の心へと直に届いた。


 怒りに我を忘れていた兄弟も、その声に打たれては手を止めざるを得なかった。

 頭を垂れることはしない――なぜなら、彼らは敬意とは心に宿すものであり、形式ではないと理解していたからだ。だが、その背筋は自然と正され、まるで神の意志が風となって彼らの姿勢を整えたかのようだった。


「話は聞いた。カイレルよ、その怒りは誤っておる。善を行わぬ者には、相応の罰が待つと知れ」

「……は、はい……」


  カイレルは一歩引きながら、神の言葉を受け止めた。

 けれど、その瞳にはまだ複雑な想いが揺れていた。悔しさ、劣等感、兄への羨望……それらが絡み合い、形をなさぬ霧のように胸中に漂っていた。


 そんな彼に、ワタルは穏やかに続ける。


「お前の気持ちも分からぬではない。だから、少しばかり我と戦ってみぬか?」

「えっ……わ、私が……神と……?」


  カイレルの目が大きく見開かれる。


「先程の兄弟喧嘩、なかなか見事であった。ならば、力を正しく振るう場を設けてやろう。兄弟で我に挑んでみよ」

「いえ……それは……神に刃を向けるなど、例え許されたとしても、心が――」


  俯きかけた彼に、ワタルは苦笑を浮かべる。

 そして、左手を軽く振った。


 瞬間、空間が歪み、サリムとカイレルの間に“それ”が出現する。

 ――白い人形だった。のっぺりとした顔、無表情のまま立つ人型の器。それが、ただそこに在るだけで、空気に緊張が走る。


「これであればどうじゃ? 我の意志に従って動く模擬の戦士。全力をぶつけてみよ」

「……分かりました。神のご意志であれば」


  カイレルは息を整え、隣の兄に視線を向けた。


「兄さん、行けるか?」

「もちろんだ。この狩人の力――見せてやろう」




  二人は一気に間合いを詰め、白人形との交戦に突入した。


「いくぞ!」


  サリムの手に宿る“炎”――いや、それは炎ではなかった。

 この世界の根源的エネルギーを極限まで収束・圧縮し、放たれた矢は、空間すら飲み込みながら疾走した。それに触れた瞬間、存在は境界を失い、溶解して消える。破壊ではない。存在の“書き換え”だ。


 続けて、カイレルの“切断”が追随する。

 それは物理でも魔法でもない。対象の存在に「切断」という概念を直接上書きする力。

 一度書き換えられたものは、どんなに強固であろうと、その全てが必ず裂ける。回避も防御も無意味。まさに絶対の神技だった。


 二人の力が重なったとき、世界そのものが軋みを上げた。


 だが。


 白人形は、両手を軽く広げただけだった。

 すべての攻撃が、空間の底へと沈んでいく。


「……っ!」

「終わりかな? では、行くぞ」


  ワタルの声と同時に、白人形が静かに動き出す。


 サリムとカイレルは畳み掛けるように連続攻撃を放つが、白人形はそのすべてを紙一重で避けていく――いや、違う。

 まるで攻撃の方が人形を避けているようにすら見えた。


 やがて、一撃がサリムへ放たれる。


 拳が届く、直前。


「兄さん!」


  カイレルの身体が割って入った。

 寸前で拳を受け止め、その力を横へと受け流す。


「カイレル……!」


  驚くサリムをよそに、カイレルは即座に間合いを取り直し、白人形の体勢を崩すための衝撃波を叩き込んだ。


 白人形が数歩後退する。


「今だ!」

「お、おう!」


  二人の連携が、まるで鏡合わせのように展開される。


 サリムの蒼き光。カイレルの金の閃き。

 それらが津波のように白人形を呑み込んだ。


 爆発的な光が空を裂き、衝撃波が遠くの山々を吹き飛ばす。


 白人形は――そこには、もはやいなかった。


「やった!」

「ついに……神の力に!」


  その歓喜も束の間、背後から“ポカッ”という音が鳴った。


「ほっほっほ。実に見事であったぞ。兄弟として協力できたではないか?」


  いつの間にか背後に立っていた白人形が、彼らの頭に軽く拳を落としていた。


 二人は呆然としつつも、次第に笑みを浮かべていく。もう、先ほどまでの険悪な空気は、どこにもなかった。


「よーく考えるのだな。後でアダムに説教を受けるが良い。ではな」


  白人形がスッと消え、神の試練も幕を閉じた。




「後は頼むぞ、アダム。息子たちを、しっかり教育してやれ」


  ワタルは振り返ることなく告げた。


「御手を煩わせてしまい、申し訳ありません。そして……ありがとうございます」


  アダムとイヴは、胸に手を当てて深く頭を下げる。


「気にするな。――行くぞ、ヒガン」

「うむ。やれやれ、若い者の血は熱いのう」


  ワタルとヒガンは、風のようにその場から姿を消した。


 残されたのは、ぽつんと頭を抱える兄弟と、優しくそれを見守る両親。そして、大地に広がる荒廃の痕跡――。


「まずは大地の修復から始めるか。イヴ、子どもたちのフォローを頼めるかい?」

「もちろんですわ。……愛する我が子たちですもの」


  イヴは優しく微笑み、兄弟に近づいていった。


 この日の出来事は、のちにこう語り継がれる。


 ――「神々の諍い」

 神に挑み、兄弟が力を合わせ、空と大地を裂いた戦い。

 それはこの『現世』の民にとって、最初の“試練”であり、“奇跡”であった。

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