4-5.新世代の勇者
その日は、地上街にとって騒乱の一日となった。
各地を魔法騎士団が駆け回り、レジスタンスと思しき者、関係があると判断された者は容赦なく捕縛された。抵抗の兆しを見せれば、その場で命を奪われる。
その光景を目にした地上民たちは、深い絶望を覚えた。
もはや、自分たちを迫害から守ってくれる盾は存在しない――そう悟らされたのだ。
しかし、希望が完全に潰えたわけではなかった。
「……こんな所があったとはな」
「いずれにせよ助かった。各地の生き残った仲間も、避難できる奴はここに集まってきている」
男は、薄暗く広い部屋を見渡した。
使われた形跡はなく、床も壁も埃に覆われているが、掃除さえすれば生活に不自由はなさそうだ。
部屋数も多く、すでに百人を超える人数が集まっていたが、それでもなお余裕があった。
「そろそろ、見張りと交代してくる」
「ああ、分かった。シスターによろしくな」
男は念入りに塞がれた二重扉を開く。
そこは教会だった。
近隣の住民ですら、「ああ、そんな場所があったな」と言うほど人の訪れない、寂れた教会。
創世教――それがこの教会の名だった。
教会はウェルザルト王国の地上街にある。
レジスタンスは国外か未開拓地へ逃げたと考えられていたため、国の足元に留まり続けるこの場所は、皮肉にも完全な死角となっていた。
創世教には教祖も神父もおらず、ただ一人のシスターがいるだけの末端宗教だった。
この教会も代々受け継がれてきたものだが、地下にこれほど広い空間が存在することを、シスター自身も知らなかった。
男はシスターに軽く挨拶をし、祈りに来た信者を装う見張りと交代する。
もっとも、この教会に信者など存在しない。
なので事情を知る者が見れば、異常な光景であることは一目瞭然だったが。
地下室の一室では、会議が行われていた。
議題は今後について――だが、話し合いは最初から行き詰まっていた。
これまでですら満足な抵抗ができなかった。
それどころか、リーダーも、本部も、蓄えていた物資すら失った今、何ができるというのか。
「そもそも、リーダーが死んだと決まったわけじゃない! 捕まってる可能性だってあるだろ!」
「じゃあ、どうやって確認する? 本部は魔法騎士団に占拠されてる。天空都市に近づくことすら無理だ」
「各地の仲間を、先にまとめ上げるのはどうだ?」
「どうやって行く? 転移のマジックアイテムはもうない。街の外に出れば、俺たちは魔物の餌だ」
答えは出ない。
否定の言葉ばかりが積み重なっていく。
会議はしばらく続いたが、状況は何ひとつ変わらず、結論は持ち越しとなった。
その間にも、地上街での差別はさらに激しさを増していく。
レジスタンス排除の成功は、貴族や魔法騎士団の蛮行を加速させる結果となった。
助けを求める声。
悲鳴。
泣き声。
それらが途切れることはなかった。
影からその様子を見ていたレジスタンス隊員は、歯を食いしばり、悔しさを滲ませる。
だが、それでも助けに出ることはできなかった。
「くそ……あいつら、俺たちを皆殺しにする気か?」
「おい、お前!」
振り向いた瞬間、魔法騎士団の槍が突き付けられていた。
「くそっ、捕まるわけには……!」
「逃げるとは怪しい奴だな!」
魔法騎士団から放たれた氷弾が、男の足を撃ち抜いた。
路地裏に転がり、激痛と冷気に体が痺れる。
「う……わ……」
這いずりながら逃げようとするが、背中を強く踏みつけられた。
踏みつける魔法騎士団の目は、もはや理性を失い、歪みきっている。
「お前、レジスタンスの生き残りだろ? ……ま、違っても構わんがな」
騎士は槍を振りかぶり、男の首元へと狙いを定める。
その矛先を見た男の目は、純粋な恐怖に染まっていた。
――次の瞬間。
吹き飛ばされたのは、魔法騎士団の方だった。
木箱の山に叩き込まれ、そのまま動かなくなる。
男の視界に、ひとつの影が映る。
「魔法使いの統治は酷いと思っていたけど……それより酷い状態があるなんて、思いもしなかったな」
旅行者が着るような外套。
ぼろぼろの赤いマフラー。
黒髪の青年が、拳を振り抜いた姿で立っていた。
「大丈夫か?」
そして、もう一人。
男には見覚えのある顔があった。
「リーダー……! 生きていたんですね!」
そこに立っていたのは、傷だらけのダーリオンだった。
男の表情に、確かな希望が灯る。
足を引きずりながらも、必死に近寄ろうとした。
「おっと、無理するな。……おーい、エルデ。悪いが、こいつの足を見てやってくれ」
「怪我をされているのですね。少し失礼します」
青年が男の足に触れ、静かに呪文を唱える。
すると、凍りついていた傷が、目に見える速さで癒えていった。
その光景に、男は息を呑む。
魔法を使える者がレジスタンス側にいることは皆無ではないが、極めて稀だ。
驚きと同時に、本能的な警戒心も湧き上がる。
「リーダー……この人は?」
「安心しろ。味方だ」
足が歩ける程度に治ったのを確認し、男は立ち上がり、周囲を警戒する。
そこでダーリオンが青年を紹介した。
「エルデ・ランスパート。国の辺境出身の地上民だが、魔法を使える珍しい奴だ。……俺も、こいつに窮地を救われた」




