4-3.ダーリオンとルミリア
「それでは……今日の会議を始める」
中年の男が、円卓の上座に立った。
年齢を重ねてはいるが、がっしりとした体格は衰えを感じさせない。
隙のない立ち姿と、鎧の下に刻まれた無数の傷が、彼が幾度となく死線を越えてきた歴戦の戦士であることを雄弁に物語っていた。
厚手のマントは、見た目以上にその身体を大きく、重々しく見せている。
彼の名は、ダーリオン・フェルグレイ。
貴族を中心とした魔法使い――否、魔法を使えぬ者を奴隷同然に扱う現在の統治体制に抗う、レジスタンスの指導者だった。
彼の前には、円卓を挟んで複数の男女が着席している。
いずれも各地の状況を担う、信頼できる者たちだ。
「まずは現状報告だ。ロウザリアはどうなっている?」
呼びかけに応じ、一人の男が立ち上がった。
「ロウザリアの状況は、芳しくありません。新たな土地開発名目で大量の労働者が募集されましたが、実態はいつも通りでした。貴族が、重労働に苦しむ地上民を眺めて楽しむ……悪趣味な催しです。報酬も、事前に提示された量より遥かに少ない」
「……またか」
ダーリオンは短く息を吐く。
「了解した。同様の募集には警戒するよう通達しろ。次だ」
男が席に戻り、次に一人の女が立ち上がる。
「エナリオからの報告です。こちらは労働先そのものが絞られています。そのため直接的な差別被害は減少しましたが……食料を始め、生活物資が深刻に不足し始めています」
「分かった。物資を拠点に送れ。それと同時に、狩りや農業の指導を行うように。本部の備蓄も限りがある、恒常的な自立が必要だ」
「はい。ありがとうございます」
その後も、各地の報告が続く。
だが、どの街の話も暗いものばかりで、希望を感じさせる内容は一つもなかった。
ダーリオンは、表情を変えずに耳を傾けていた。
もはや聞き慣れた現実であり、心を揺らさぬよう意識している自分がいる。
それでも――
「ウェルザルト王国からです」
その言葉に、僅かに眉が動いた。
「天空都市に連れ去られた母子の遺体が発見されました。……予想通りの結果です。無念ですが」
「……そうか」
短く、低い声。
差別の果てに命を落とす者が出ること自体、もはや珍しくはない。
それでも、この場の誰もが、その報告に慣れることはなかった。
ダーリオンは、それでいいと思っている。
人の死に慣れてしまえば、怒りも、正義感も摩耗していく。
――そして、それは彼らが憎む貴族と同じ場所に立つことを意味する。
「皆の働きに感謝する」
ダーリオンは円卓を見渡した。
「状況は厳しい。どの街でも、支配者層の圧政は強まる一方だ。だが、今は打開策が見えない。……現状維持が精一杯だ。辛いとは思うが、耐えてほしい」
出席者たちは、それを理解していた。
理解しているからこそ、歯がゆさを噛みしめていた。
「本日の会議は、これで終了する。それぞれの街を、頼んだ」
「はっ!」
一斉に立ち上がり、次々と部屋を後にする。
残されたダーリオンは、机上の報告書を揃え、無意識にトントンと整えていた。
「――おい、ワタル」
「はいはい。なんですか、リーダー」
入室してきたのは、特別目立つところのない若い男だった。
いつの間にかレジスタンスに加わり、誰に頼まれるでもなく雑務を引き受ける男。
その姿勢から、自然と信頼を得ていた。
「この報告書を、書庫にしまっておいてくれ」
「分かりました」
「いつもすまないな」
「いえいえ。これくらい大したことじゃありませんよ。リーダーは、やることが山ほどあるでしょう?」
屈託のない笑顔を残し、ワタルは報告書を抱えて去っていった。
――確かに、やるべきことは尽きない。
各地への支援、物資調達、そして支配構造を覆すための方法模索。
どれも緊急で、どれも先が見えない。
ダーリオンは、静かに考える。
(どうすれば、この状況を打破できる……?
私に賛同してくれる者たちに、笑顔を取り戻させることはできるのか)
自分一人では、貴族を一人二人倒すのが関の山だ。
それで世界が変わるはずもない。
目の前に広がるのは、出口の見えない暗闇だった。
ウェルザルト王国、地上街。
表通りから外れた、人目につかぬ場所にその家はあった。
木札を手にした男が、周囲を警戒しながら家の前に立つ。
人影がないことを確認し、固く閉ざされた窓を軽く叩いた。
「……誰だ?」
窓の内側に影が揺れ、声が返る。
「『魔王は、もういない』。食料と引き換えに来た」
「……いい。入れ」
鍵の外れる音。
静かに扉が開き、中には門番の男と――一人の女性が立っていた。
「ようこそ。お疲れでしょう。お急ぎでなければ、少し休んでいってくださいね」
柔らかな微笑みに、男は思わず視線を逸らす。
「ありがとうございます……魔法を使えない俺たちに、ここまでしてくださる貴族は、あなたしかいません。ルミリア・アークライト様」
ルミリアは、魔法を使える貴族でありながら、魔法を持たぬ者を差別しなかった。
物資を与えられず困窮する者たちに木札を渡し、他の貴族の目が届かぬ地上街の一角で、密かに物資を交換している。
なぜ、彼女だけが助けてくれるのか。
その理由を、彼女は決して語らない。
男は、それ以上深く考えなかった。
きっと、それが彼女の性格なのだろう――そう信じていた。
「食料の準備ができるまで、お茶でもどうぞ」
「はい。では、お言葉に甘えて」
ふかふかのソファに身を沈め、香りの良い茶を口にし、甘い菓子を頬張る。
男は、ほんのひとときの安らぎを噛みしめていた。
――この優しさが、いつまでも続くと信じながら。




