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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
魔法末期時代 (神域残響52)
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4-2.冷血帝の世界

  女王トゥエルノーラの統治から、約六百年。

 かつて平和と調和に満ちていた世界は、今や目に見えぬ亀裂を抱え、道徳的な荒廃を各地に広げていた。


 その原因は一つではない。

 だが、最も決定的だったのは――魔法を使えぬ人間の誕生である。


 ある日、生まれながらにして魔法を行使できない子が、市民の間に現れた。

 それはそれまでの常識を根底から揺るがす出来事だった。


 原因究明のため、王国は調査を重ねた。

 血筋、土地、信仰、魔力の流れ――あらゆる角度から検証が行われたが、答えは出ない。

 そして調査が停滞する間にも、魔法を持たぬ者は一人、また一人と増え続けていった。


 魔法を使えぬ者は、自らの手で必要な物を創り出すことができない。

 そのため当初、国は魔法を用いた労働を割り振り、対価として生活物資を支給する制度を整えた。


  最初のうちは、それで問題はなかった。

 それは「稀な例外」であり、いずれ原因も判明すると考えられていたからだ。


 だが予想に反し、魔法を持たぬ者は増え続けた。

 そして、その大半は――市民階級に集中していた。


 原因が分からぬまま数が膨れ上がれば、人々の心に芽生えるのは、理解ではない。


「どうして、魔法も使えない連中のために、俺たちが養わなきゃならないんだ」

「あいつらは邪神にでも呪われたんじゃないのか?」


  そんな声が、次第に囁きから公然の言葉へと変わっていく。

 偏見は、やがて行動となった。


 作業の対価として支給されていた物資は減らされ、渋られ、ついには――


「あの……今日の報酬は、これだけですか?」

「ああ。それで十分だろう?」

「そんな……!」


 物資を減らすだけなら、まだ「まし」だった。

 差別がより苛烈になると、支給は完全に打ち切られる場合が現れ、魔法を使えぬ者は労働力として、あるいは所有物として扱われるようになった。


 それは個人の嗜好や感情の問題ではなく、

 貴族社会全体の「共通認識」へと変質していく。


 そこに至るまで、さほどの時間は必要なかった。




「……今日も、犠牲者が出たそうだ」

「いつまで、こんな生活が続くんだ……」


  地上街の一角にある、小さな酒場。

 一見すれば、どこにでもある薄暗い店に過ぎない。


 だが実際は、ウェルザルト王国における反貴族派の者たちが集う、数少ない拠点の一つだった。

 もっとも、名ばかりである。


 店内に満ちているのは、怒りでも決意でもない。

 ただ、愚痴と諦め、そして後悔だけだった。


 反乱を起こせぬ理由は明白だ。

 魔法の有無――その絶対的な差である。


 過去にも反乱は起きた。

 だが、千の地上民が立ち上がろうと、魔法騎士団と貴族十数名で鎮圧された。


 武器も、防具も、物資も。

 すべては貴族から供給されている。


 反乱に使われかねない物は、最初から渡されない。

 差別による物資不足の中、彼らは生き延びるだけで精一杯だった。


 今、彼らが口にしている酒ですら、その半分は貴族からの支給品だ。

 その事実が、彼らの惨めさをより一層際立たせていた。


「そういや……食料も、そろそろ足りなくなるな。暗くなる前に、少し行ってくる」

「どこへ?」


  男は懐から、木片を二つ取り出してみせた。


「これよこれ」

「ああ……それか。外であんまり見せるなよ。特に貴族の前じゃ」

「搾取と差別しか頭にない連中だ。見たって、何か分かるわけねぇさ」

「お前を心配してるんじゃない。助けてくれる、あの人に迷惑をかけるなって言ってるんだ」

「……そうだな。分かった、気をつける」


  男は空になったグラスをカウンターに置き、店を後にする。

 その背中を見送った一瞬だけ、酒場の空気はわずかに明るくなった。


 だが、すぐに元の重苦しさへと沈み込んでいく。




 広大な王座の間。

 分厚いマントと豪奢な装飾に身を包んだ男が、玉座に腰掛けていた。


 冷徹な視線が、床に跪く一人の貴族を射抜いている。


「それで……マジックアイテムを持ち帰れなかった理由は、何だったかな?」

「も、申し訳ありません! 王ゼルファウス・ウェルザルト様!」


  空気が、目に見えて冷えた。

 貴族はその変化を肌で感じながら、汗を止めることができなかった。


「私は謝罪を求めているのではない。理由を聞いているのだ」

「は! 洞窟周辺にオーガーやマンティコアが多数出没しており……! おそらくマジックアイテムに引き寄せられたものかと! 想定以上に凶悪で、同行させた地上民は全滅! 魔法を使える者にも被害が出てしまい、撤退を――」


「使えない者ばかりだな」


  ゼルファウスの低い呟きに、貴族は言葉を失い、ただ首を垂れる。

 その一言に、自身の命運が含まれていることを悟っていた。


 次の瞬間、魔法が貴族の頬を掠めて通り過ぎた。

 背後の壁と床を抉り、遥か彼方へと飛翔する。


「な……!?」


  魔法を放ったのは、ゼルファウスだった。

 指にはめられた指輪の一つから、魔方陣が浮かび上がり、そして消える。


 数瞬後、遠方から鈍い爆発音が響いた。


「着弾点は正確だな。問題ない」

「こ、これほどの魔法を……!」


  その魔法が向かった先――

 それは、件の洞窟の入口だった。


 王座の間から放たれた一撃は、壁を貫き、床を削り、十数キロ先の洞窟を正確に貫いてその周囲の魔物を殲滅していた。


「いつまで、そこに跪いているつもりだ?」

「は、はっ! お手数をお掛けしました! すぐに地上民を集め、回収に向かいます!」


 貴族はよろめきながら立ち上がり、逃げるように王座の間を後にする。

 その姿を、ゼルファウスは冷ややかに見下ろし続けていた。


 ――この世界の歪みを、誰よりも理解した目で。

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