3-6裏.魔王様と崇められるのも悪くない
現在位置を確認する。
場所は「エルグナーシア」の奥地に造られた洞窟のようだ。
自然洞窟というより、内部は明らかに人為的に拡張されていた。
洞窟の最奥には巨大な空洞が広がり、床、柱、壁――視界に入るあらゆる場所に呪文式が刻み込まれている。
儀式用……それも相当大掛かりなものだろう。
俺は、その空洞のど真ん中に据えられた椅子に座らされていた。
玉座を意識しているのか、無駄に立派な造りだ。
ちなみにヒガンは、俺の隣に用意された寝椅子に座っている。
いや、座っているというより“転がされている”に近い。
どうやら俺以外の存在は想定されていなかったらしく、明らかに急ごしらえだ。
そして俺たちの前には――
多数の『魔王の後継者達』が、頭を垂れて傅いていた。
……完全に誤解している。
「我らが魔王様! この度はお逢いできたことを、心より光栄に思います!」
「だから俺は魔王じゃないって言っているだろ」
ジト目で睨んでみるが、男は微動だにしない。
「話は聞いております。いずれ魔王様として覚醒して頂くとして、記憶を呼び覚ます手助けを致します」
「こりゃ、俺の話聞いてないな……」
しかしこいつらは俺をどうするつもりだ?
後ろの方でひそひそ話している奴がいる。「記憶ってどうやって戻すんだ?」とか「精神に作用する魔法があった……よな?」とか。
……驚くほど無計画だな。
とはいえ、ここまで来ると少し面白くなってきた。
「都市開発の仕事は暫く休みだな。ヒガン、しばらく付き合うぞ」
「分かったのじゃ」
こうして、俺が“魔王として崇拝される日々”が始まった。
「魔王様は、我々の理解を遥かに超えた、深淵なる精神の統一を行われているのだ!」
そんな解釈が勝手に広まっていった。
俺とヒガンの足には枷が付けられている。
転移魔法を阻害する効果があるらしいが、正直、俺たちには意味がない。
だから椅子に座ってうっかり眠っていると――
連中はそれを「瞑想」と受け取ったらしい。
「魔王様、少しよろしいでしょうか?」
「ん? 何?」
否定するのも面倒なので、呼び名は好きにさせている。
「真の記憶を呼び覚ますため、記憶に作用する魔法を……」
俺に魔法が効かないのは言うまでもない。
それに“真の記憶”なんてものも、そもそも存在しない。
好きにかけさせてやったが、当然何も起こらない。
彼らは落胆し、術式を見直し、議論を繰り返す。
……なんかごめんな。
ちなみにヒガンは、寝椅子ですやすや眠っていた。
脇にはフルーツ、菓子、飲み物がずらりと並び、待遇がやけに良い。
……魔王の俺より扱い良くないか?
俺を魔王として覚醒させようとする目論みは続く。
あの手この手で俺に働きかけてきたが、勿論全て失敗している。
その為か、後ろの陰では「なんか違うんじゃないか?」とか、俺を魔王とする事に疑問視も出てきているようだ。
「魔王様の古代記憶は魂に刻まれているが、余りに永い時に埋もれていたのだ。我々の精神に関する魔法の未熟もあるが、そう容易に開放されるとは思わない事だ」
『魔王の後継者達』の代表らしき男は必死に説明しているが、一度亀裂が入れば、その修復は難しいだろう。
そして――
バーメインだけが、少し離れた場所で何かを続けていた。
視線を合わせようともしない。
なお、ヒガンはさらに甘やかされていた。
ぬいぐるみ、クッション、豪華な食事、お菓子の山。
俺について探りを入れる目的なのは見え見えだ。
「ワータルの事を聞かれても、言った事で全部じゃ」
「最近、何か変わったことは?」
「早起きするようになったの。早朝の景色を見たいから、と」
「おお、そこから何か分からないか?」
何も分からないと思うぞ。
そうそう。食事についてだが、俺にも負けず劣らず豪勢な食事を用意してくれている。
用意してくれるのだが、俺はこの世界の味を味わうことが出来ない。
申し訳ないが出される食事を拒否。
断ると、こうなる。
「魔王様は悲しみや絶望など、負の感情を糧とされる……かもしれない!」
認定が、より深まっていく。
なんか少し迷いが見受けられるが。
そうした楽しくも無駄な時間は、唐突に終わりを告げた。
「軍が来たぞ!」
そりゃそうだ。
表向き、俺は上位貴族で、しかも将来の都市を開発する事業を手伝っているという重役!
そんな上位貴族が誘拐されたとなれば、救出部隊が送られてくるのが当たり前だよな。
しかし『魔王の後継者達』は余り動揺していなかった。
数日こいつ等を見ていて分ったが、こいつ等は多少中二病が入っているが才能に溢れている。
軍が来ることぐらいは予想していたのだろう。
「では出迎えてあげましょう。皆、いくぞ!」
「門番のゴーレムで壊滅していたら笑えるな」
全員が出口に向かっていく。
……いや、一人残っていた。
「どうした、バーメイン。行かないのか?」
この数日間。他の奴とは異なり、何やらこそこそとやっていたのだ。
何か企んでいるようだが、さて?
「色々と試して来ましたが、魔王様は未だ覚醒されておられません」
「だから、俺は魔王じゃないって、最初から言っているだろ?」
「――ですので」
バーメインが、ゆっくりと笑った。
「私の判断で、魔王復活は諦めます。
代わりに――私が、新たな魔王となることにしました」
俺とヒガンを囲む魔方陣が激しく発光し、怪しい闇が包み込むように立ち上った。
「それでは、お疲れ様でした。後の事はお任せください」
その言葉と同時に――
俺とヒガンは、完全な闇に包まれた。




