3-2裏.貴族としてのお仕事をこなしましょう
「という訳で、ウェルザルト王国は天空都市にお邪魔しております」
「誰に言っているのじゃ?」
ヒガンの冷静なツッコミが飛んでくる。
設定上、俺はこの国に代々名を連ねる由緒ある上級貴族になった。
執事やメイドを揃えてそれっぽく振る舞うのも考えたけど、神の力を使うところを見られたら余計な混乱を生む。
だから俺の“貴族家”は、ヒガンと二人だけの最小構成だ。
天空都市の中でも人通りの少ない郊外区画を選び、そこに屋敷を建てた。
もちろん「昔からここにあった」という歴史改ざん済み。
誰に怪しまれることもなく、ここがしばらくの拠点になる。
「じゃ、ヒガン。この館の手入れをしようか」
「力を使えば一瞬で終わるのでは?」
「ノンノン。こういうのは過程を楽しむものなんだよ。ほら、一緒にやろうぜ」
雑巾と箒を創造して手渡す。
規模は小さめの屋敷でも、二人で手作業となれば丸一日仕事だ。
だが、むしろそれが心地よかった。
神として無限の力を持ち、願えば何もかもを一瞬で形にできるからこそ——
力を使わない時間は、妙に贅沢な遊びに思えた。
「時間はある。ゆっくりやればいいさ」
その翌朝。
俺はソファに寝転がって今日の見学先を考えていた。
このソファーもふかふかで肌触りも良い高級っぽい感じではあるが、天界の居住区に置いてあるソファーには敵わないな。
あれはもう、反則だ。心が沈む前に体が沈むレベル。
「ワタル……いやワータルよ。ちょっとよいか?」
首だけ向けると、ドレス姿のヒガンが立っていた。
設定上は俺の養子なので貴族令嬢の衣装だが、動きに合わせて揺れるフリルが可愛い。
これはこれで悪くない。
「で、どうした?」
「この世界で約一時間後、この国の女王トゥエルノーラがお主を訪ねてくるぞ」
「この国の女王が? 目的は?」
「ふむ……新都市区画の創造依頼のようじゃな。将来の人口増加を見越した、広大な地上都市の長期計画らしい」
ああ、そういえば俺の設定は“創造魔法に秀でた一族の末裔”だったな。
しかし、女王からの依頼か。イベント臭しかしない。
ん~どうするかな?
「やっぱ、この国のトップからの依頼だし受けないと不味いよな?」
「そんなことは無いと思うぞ? 効率が悪いだけで創造魔法は他の者も使えるし、国からの依頼でも理由があれば拒否することを認めているようじゃ」
「なるほどね。ん~」
見学を優先して断るのもアリだが、せっかくのイベントをスルーするのも惜しい気がした。
時間も余裕があるし、面白そうだ。
よし、乗るしかない。このビッグウェーブに。
結果、老女王の依頼を快く引き受けた。
それにしても、あの女王——
理知的で、義に厚く、威圧感よりも人間味を感じさせる美しい人だった。
高齢であっても背筋は伸び、余計な虚勢の影がない。
理想的な為政者・高齢者とは、きっとああいう人のことを言うのだろう。
あの老女王ならこの国は安泰だな。
「てことでヒガン。この話に乗る事にしたから」
「了解じゃ。大抵の物は現地で作り出す事は出来るがどうする?」
「こういうのは雰囲気を味わうのが大事だしな。手間だけどピクニック気分で準備してくれるか」
「では、直接生成ではなく材料を料理してお弁当を用意しようかの」
「やりぃ! ハンバーグとから揚げ宜しくな」
「システムの都合上、複雑な味には出来ぬが、それなりに食べれるものを用意するぞ」
そこは仕方がない。この世界で俺が何か食べても、実際に食べている訳ではないからな。
匂いで誤魔化してはいるが、実際に食べる感覚とはならない。
一度、この世界の料理を食べてみたが、下手な味の付いているガムを食べた感じだった。
ヒガンが何とか調整してくれるみたいだし、それに期待しよう。
さて、服装はどうするかな。
貴族の現場視察っぽいコートか、冒険者っぽくラフにいくか……
考える時間すら楽しい。
翌朝。
日が昇る前の早い時間に起きるというのは、本当に久しぶりだった。
ヒガンに起こして貰い、ヒガンに着替えを手伝って貰い、ヒガンの案内で作業現場へと向かった。
色々とありがとね~。
「ほら、ワータル。あの男に声を掛けるのじゃ」
ここは地上の開拓地。
ヒガンが指し示したおっさんは、恐らく創世院下位部門・造形局のグロウ・ウィンドとかいう人なのだろう。
「おはようございます! トゥエルノーラ女王閣下から言われてきました。ワータル・シークです!」
「おぅ! 話は聞いているぜ。お前さんがワータルか? おーい皆、集まれ!」
声に応じて作業員達が集まり、俺は改めて自己紹介をした。
皆、人当たりが良く、健全な職場という雰囲気が伝わってくる。
グロウは現状の工程と、俺が担う区画について説明してくれた。
「とりあえず今日は、俺の指示通りに作ってみてくれ。あんたの実力も見てぇしな」
「分かりました。お願いします」
「じゃ、こっち来い」
グロウから指示されたのは、この一区画の建物群の創造だ。
一区画を一人に任せるって、リアルじゃあり得ないよな。
「……ワータルよ」
少し後ろを歩いていたヒガンが小声で釘を刺す。
「予め忠告するが、瞬時の創造は厳禁じゃぞ?」
「えっ、ダメなの?」
アダムとかは、街一つぐらい一瞬で作っていたけどな。
「この規模なら、現代の創造魔法の水準では最速でも二〜三ヶ月じゃ」
「うわ、思ったより時間かかるのか……じゃあ天才モードで一週間くらいで終わらせる感じで」
ネットの“俺TUEE”系テンプレを地でいく気分。
本気を出せば一瞬で終わるのを、あえてじっくり進めていく。
ただそれだけで、周囲は驚愕していた。
——ああ、これだ。
心のどこかでくすぐったい感覚。
「俺、なんかやっちゃいました?」感が止まらない
「……見られているな?」
「うむ。見られておるのじゃ」
創造魔法を発動させながら、視界の端で気配を拾う。
かなり遠くからこちらを監視しているが、神たる俺達からすれば近すぎる。
「何者だ?」
「……『魔王の後継者達』と名乗る連中のようじゃ」
「ふーん……面白そうな匂いがするな」
都市を築く手を止めることなく、俺の思考は未来へ走り始める。
イベントフラグの香り。
この依頼、この国、そして“奴ら”——
どう物語が絡み合っていくのか。想像すると胸が高鳴る。
ウェルザルト王国での俺の物語は、まだ始まったばかりだ。




