3-1裏.上級貴族ワータル・シーク爆誕!
夏の朝は早い。
ビル風に混じる熱気に押されながら、俺は今日も駅前の高層ビル──「ニューロ・ネクスト・コーポレーション」へと向かった。
太陽はすでに真上。照り返しが肌を刺すようで、自然と歩幅が速くなる。
ビルの自動ドアをくぐると、冷えた空気が頬を撫で、ほんの少しだけ救われた気分になった。
いつもの流れで受付を抜け、指定された施設室に入り、カプセル型ベッド”ドリームコクーン”の電源を入れる。
今日もまた仮想世界の記録を読み解く──
整った石畳。風に揺れる色とりどりの旗布。焼きたてのパンの匂いが漂う露店。
目に入るもの全てが“ファンタジーしてる”街並みで、胸がちょっと高鳴る。
「すげーな、この街並み。正にファンタジー世界って感じで!」
隣を歩くヒガンも、興味深そうに周囲を見回している。
どんな街か見てみようと適当に訪れたが、予想以上に当たりだった。
石造りの家並みに、煙突から上がる白煙。商人が声を張り上げる露店の喧騒。
これぞ王道ファンタジーという景色が続いている。
ふらりと歩いていたら、教会らしい建物が視界に飛び込んできた。白壁に尖塔、重厚な扉。まさにそれっぽい。
「ヒガン! ここ入って大丈夫かな?」
「大丈夫じゃ。お主は設定すればどこにでも問題なく入れるじゃろ?」
「いや、そういうもんでもねぇだろ。力で押し通すだけじゃ味気ないし」
俺はそっと扉を押し開け、中を覗き込んだ。
「ようこそ創世教へ!」
出迎えたのは、一人のシスター。
長い淡い水色の髪が清らかな雰囲気を纏い、柔らかな笑みを浮かべていた。
シスター服じゃ隠しきれないくらいスタイルがいいのも、正直目のやり場に困る。
「全てを創造された神のお話をいたしましょうか? それとも、創造と魔法の関係についてでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺はただ通りがかっただけで──」
「はっ! まさか恵み神殿からの刺客!? 神話時代の因縁を、また……!」
話が飛躍しすぎてて理解が追いつかない。
なんとか誤解を解き、ようやく世間話に持ち込むことができた。
この国はウェルザルト王国。勇者神の血を引く名家が建国した国らしい。
今いるのはその地方都市で、王都は魔法の力で空に浮かぶ“天空都市”だという。
さらに世界の現状についても聞けた。
人々は今は神力を使えず、代わりに魔法だけが使われている。
俺がヒガンに尋ねると、彼女は少し得意げに説明を始めた。
「神力は万物の根源エネルギーでの。魂が活動する燃料でもある。ウォルクらはそれを創造や攻撃など様々な術に使っておった。
一方、魔法は神力が体から零れて、現世の力として固定化したものじゃ」
「つまり、元は同じ力ってわけか」
「そうじゃ。ただし一番の違いはエネルギー量の差。比べ物にならない差があるのじゃ。また、神力は万物の根源に影響を与えることが出来るが、魔法は限定的。ただ、魔法は細かい操作に秀でておるな」
何故、神力が使えなくなって魔法を使うようになったのか?
それは原罪による人の劣化。神力が使えない程、神域残響が落ち込んだ結果なのだ。
神力は完全に途絶え、現在の人々は魔法が万能であると思っているようだが、アダムが見れば鼻で笑うだろう。
いや、アダムは性格的に笑わないけどさ。
「そういえば申し遅れました。私はこの偉大な創世教のシスター・アクリエルと申します」
「偉大な?」
俺は見渡したが、この建物に俺たち以外は誰一人居ない。
「あ、良ければお二人のお名前をお伺いしても?」
逸らしたな。まあ良いけど。
それにしても創世の神ということは、俺の事だろ? こうも人気が無いのは少し悔しいな。
「そうだな……俺はワータル・シーク。こいつはヒガン」
俺の名前は念のため少し変えておく。
創世の神の名前は伝わってないようだけど、念のため一応な。
「この街でお見かけした事は無いのですが、最近お越しになられたのでしょうか?」
「いや、この街にはちょっと立ち寄っただけだよ」
アクリエルの話によれば、この国は評判がよく移住者が多いらしい。
魔物の動きが活発な今、勇者神の血を継ぐ国への信頼は厚いのだとか。
確かに、この街を歩いているだけで人々の表情が明るいのがわかる。
誰もが平和の空気を吸い、暮らしに満足している様子だった。
治世が良く行き届いているのだろう。
ウォルクが見たら、きっと喜ぶだろうな。
「良い話が聞けたよ、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。それでは、もしよろしければ──この創世教に……」
そういえば、現状『貨幣』という概念は無いのだった。
誰もが魔法で必要なものを創造できるので、貨幣が必要になっていない。
ただ、魔法や創造に得意不得意があるようで、得意なものを商品として売り出している。それが表の露店だ。
代価として貰うのが新しい知識。知識が貨幣のようなもの。
「い、いや。感謝の気持ちとして、これで」
俺は指輪を操作した。
瞬間、教会の外壁が揺らぎ、白い光の粒が走る。
みるみるうちに建物は塗り替えられ、重厚な装飾と神秘的な意匠をまとった“神殿”へと姿を変えた。
創世の神という俺を祀る場所なら、このくらい派手でもいいだろ。
オマケで、教会の下に広い秘密部屋を作っておいた。入り口もそう簡単には見つからないし開かない。
いつか、役に立つかもな。
「こ、これは……っ!?」
「気にしなくていいよ」
「これほどの創造魔法……もしかして、ワータル様は貴族様でしょうか?」
貴族? どういう理屈だ?
首を傾げる俺に、ヒガンが小声で説明してくれる。
「誰でも創造魔法は使えるが、この規模となると一週間はかかるのじゃ。貴族なら数日で成すゆえ、勘違いされても仕方ないの」
「はー、そうなのかー」
……なるほど。
それなら、今日はこの“勘違い”を利用させてもらうか。
俺は指輪を操作し、設定情報を確認しながら、ゆっくりとアクリエルへ向き直った。
「そう……実は俺はこの国の上級貴族、ワータル・シークさ!」




