3-21.魔法絶頂の時代を終える。
邪神討伐から数日後、ウェルザルト王国は静かな安堵に包まれていた。
その中心に立つトゥエルノーラは、勝利の余韻に浸る暇もなく、後処理に追われる忙しい日々を送っていた。
本来であれば、あの激闘は相当の死傷者を覚悟せねばならなかった。
しかし、結果は常識を覆すものだった。誰一人として命を落としていなかったのだ。
数度確認しても答えは変わらず、治癒部門の報告も「重傷者ゼロ」という信じがたいもの。
邪神の力を思えば「奇跡」という言葉さえ追いつかない。
いくら考えても理由はわからず、最後には――
「良い結果だったのなら、それで良いか」
と、彼女らしく前向きに結論づけるしかなかった。
ある朝。
どれほど執務が山積みであろうと、王国の定例会は欠かさず行われる。
椅子の高さに小さな体を合わせるための座布団を整え、ようやく王座に腰を下ろしたトゥエルノーラは、前方に立つ三人を見やった。
律法省ゲイル、創世院ロドリゴ、探究府エレノア――
王国を支える三つの柱は、あの混乱の裏側でも国を完璧に運営してくれた頼もしき者たちだ。
労いの笑みを向けると、三人はなぜか揃って顔を紅潮させていた。
「定例会を始めます。報告を始めなさい、ゲイル」
小さく、しかし澄んだ高い声が玉座の間に響く。
かつての落ち着いた女王の声とは違う、どこかあどけなさの混じる声だった。
「か、可愛い……」
「愛しい孫を見る気分になりますね……」
「どうなっているのか、詳しく検査したい……!」
重臣たちの呟きに、トゥエルノーラの頬がひきつった。
――そう、彼女の姿は魔法少女のまま戻らなくなっていたのだ。
医療魔法で身体を調べても原因は不明。
健康そのものゆえ、対処すべき問題ではなく、結局「現状維持」の判断に落ち着いた。
「そ、それで『魔王の後継者達』による国政への影響は?」
「問題ありません。一部逃走者はいますが、国内への影響はほぼ排除済みです。これも陛下の人気あってこそ!」
元々高かった女王の人気は、幼い魔法少女姿になってから爆発的に高まり、国境を越えたファンクラブまで生まれていた。
その会員にセラフィアが居たと知った時、トゥエルノーラは心境を整理するのにしばしの時間を要した。
しかし政策推進は驚くほど順調だった。
誰も反対せず、民の信頼は前例のないほど厚い。
後世には「黄金の平和時代」と記されるほどの、穏やかな日々が訪れつつあった。
状況が落ち着き始めたある夜。
トゥエルノーラは執務室で書類を片付けていた。
机に合わせて無理に使っている椅子は、今の体にはやや大きく、脚がぶらついて落ち着かない。
そろそろ子供用家具に変えようか――女王としてのプライドと天秤に掛けながらそんなことを考えていた時、気配を感じてペンを置いた。
「……ワータル様でしたか」
振り返ると、揺らぐ光の中に立つ、実体のないワータルの姿があった。
「夜分にすみません。お別れを言いに来ました」
「まず……お二人を救えず申し訳ありませんでした」
トゥエルノーラは深く頭を下げた。
邪神の出現後、何度探してもワータルとヒガンは見つからなかった。
状況から、どちらかの中で邪神が眠りっており、出現とともに肉体は消滅したとされていた。
目の前のワタールが魔力の残滓でできた幻のような存在であることが、その推測を裏付けていた。
「気にしないでください。今回のことは……運命のようなものだったのでしょう」
「……そう言ってくださると救われます」
ワタールは静かに続ける。
「邪神は滅びました。滅ぶ時、自らの全力を無数の魔法具へと変え、世界中に撒き散らしました」
「魔法具、ですか?」
「魔力を秘めた武器や道具です。きっと人々の力となるでしょう」
魔力を秘めた武器防具と言うのは希少だった。
というのは魔力を物に込め、それを永続させるというのが困難であったためだった。
創られた魔力を秘める武器防具もあるが、それを使うぐらいなら魔法で攻撃する方が早い。
なので、魔法具と言うのは廃れていた分野であった。
邪神の力を秘めたそれがどのような能力を持つのか――
未知の知識に、トゥエルノーラの胸は高鳴った。
「ワータル様は……これからどうされるのですか?」
「……私はもう消滅しています。この姿は、残った魔力が作る影のようなものです」
言葉どおり、彼の輪郭は徐々に薄れていた。
そして、ワータル家は廃家として欲しい旨を伝えられる。
「トゥエルノーラ女王。これからも……善政を続けてください」
「お約束します。必ずや、この国を導き続けます」
ワータルは静かに一礼し、光の粒となって消えた。
トゥエルノーラは、彼がいた場所をしばらく見つめ続けていた。
世界最大の国家ウェルザルト王国は、その後も中心地として繁栄を極めた。
森で、山で、洞窟で――
時折、魔力を秘めた魔法具が見つかり、人々は冒険に胸を躍らせた。
見つかった魔法具には魔法を超えるものもあり、冒険は一時的な流行を超え文化となった。
そんな夢のような日々は、穏やかに――しかし確かに続いていった。
夜の帳が降りると、月明かりが街を柔らかく照らす。
創造魔法で築かれた石造りの家々は、豊かさと秩序の象徴として静かに並んでいた。
通りには光の彫刻がきらめき、まるで水面に映る花火のように揺れる。
温かな飲み物を手に、隣人と語り合う人々。
未開拓地での冒険譚、見たことのない花の話、魔物との戦い、そして見つけたささやかな魔法具を誇らしげに掲げる者もいた。
空の彼方には、勇者の末裔が治める天空都市が輝く。
その灯りは、民の安寧を絶えず願う象徴だった。
飢えもなく、争いもなく、才能を伸ばすことが許される充実の時代。
人々は知っていた――この平和は、自分たちの手にある魔法と、賢き女王が築いたものであると。
そして、その未来はなおも明るく、輝いていると。




