3-19.全てを払う光
祈りを込めた一撃が、邪神の胸奥へと深々と突き刺さった。
爆ぜる光と魔力の奔流が周囲を照らし、誰もがその最期を確信しかけた――しかし。
「なんと……!」
邪神の体表に新たな魔方陣が花開くように浮かび、その奥から生じた黒い波動が、魔法クラウンブレイザーを押し返し始めた。
トゥエルノーラは即座に魔力を注ぎ足す。だが、波動はわずかも止まらない。
「エル!」
「セリ!」
セリフィアが光を裂いて飛来し、彼女の横へ並び立つ。
「やるよ!」
「ええ――二人でなら!」
輝律杖に乗せた大魔法を維持したまま、二人は同時に詠唱した。
「火の矢よ!」
「雷皇よ!」
紅蓮と蒼雷がクラウンブレイザーに絡みつき、奔流となって邪神へ押し寄せる。
炎と雷は魔煌の勢いに乗って波動へと食い込み、夜空のような黒と激しくぶつかりあった。
光の奔流は天地を照らし、しかし均衡する。いや――じわりと押されている。
魔法騎士団も、各国勇者隊も、世界が誇る魔の担い手たちが総力を振り絞っている。
それでもなお、邪神に届かない。届いていない現実が、光の揺らぎからひしひしと伝わってくる。
「くっ……なんて化物なの!」
セリフィアは魔力を限界まで開放し、髪が光に揺れ、肌が薄い蒼を帯びた。
しかし状況は変わらない。
「……奥の手があります。セリ、少し持ちこたえてくださいね」
「何かあるのね。わかった。ここは任せて!」
セリフィアは歯を食いしばり、額に玉の汗を浮かべながら、迫り来る波動を押し返した。
トゥエルノーラはその姿を確認し、静かに合図を送る。
そして空高く腕を掲げた。
「神より授かった杖――輝律杖は、私の“味方”と認識した魔法を束ね、昇華する力があります」
天を突くように掲げられた杖が震える。
遠く、地平の向こうから息吹のように魔力が集い始めた。
「大切なのは、互いが仲間だと認識すること。それに距離は、問題にはなりません」
千ではない。二千でもない。
万を超える魔法が、夜明けの光のように空へ立ち上がり、輝律杖へと吸い寄せられてゆく。
事前の打ち合わせににより、合図に合わせて国内はもとより周囲各国にて魔法を放ってくれたのだ。
兵も、貴族も、一般の民も――世界全ての人々が祈りを込めた光を空へ送り、トゥエルノーラへ託した。
大気が震える。光が満ちる。
世界そのものが共鳴しているかのようだった。
「名も無き邪神よ。私達は貴方に対して何の恨みはありません。寧ろ私達の心の奥底で眠っていたのを起こしてしまったという負い目すらあると言えます」
輝律杖の周囲に集った光の奔流は、もはや一つの太陽のような輝きを放った。
「ですが――あなたの邪悪が世界を蝕むことを許す訳にはいかないのです!」
光が爆ぜ、視界すべてが白で満たされた。
「真・終律魔煌!!」
輝きは邪神の黒い波動を飲み込み、押しつぶし、世界を抱擁するように広がった。
その光には脅威すらなく、ただ温かい。涙をこぼす者がいるほどの浄化の輝き。
「ガァァァァァッ!!」
抵抗するように邪神が吼える。
だが光は止まらず、邪神の輪郭が溶けるように薄れていく。
そして――消えた。
風が吹き抜け、粉塵をさらい、空に澄んだ青が戻った。
「……や、やりましたね……」
トゥエルノーラは極度の疲労に耐えきれず、意識が白く染まる。
魔力の制御が途切れ、体がゆっくりと落下する――それを柔らかく受け止めたのはセリフィアだった。
「……っと。エル、大丈夫?」
「ありがとう、セラ。……ちょっと限界かもね」
彼女は力なく笑った。
だが、確かに終わったはずだった。
地上では、各隊が互いの健闘を称え合い、座り込んで安堵の息をついている。
今回の戦いは彼らの、そして世界中の人々の勝利だ。彼らの力無くして、あの邪神には決して勝てなかった。
囮を務めてくれた魔物討伐隊の被害はどれぐらいだろうか?
邪神の攻撃をまともに受けたのだ。すぐに救助に――
――そのとき。
「……?」
「?」
大気が揺らぎ、砂塵が舞い上がる。
やがて風が起こり、その中に塵が混じり始めた。
そして高まる邪悪の気配。
嫌な気配が、皮膚の下を這い上がってきた。
「そんな……まさか!」
闇の稲妻のような光が閃く。
光が晴れると、そこには何事もなかったかのように邪神が再び浮かんでいた。
竜頭の無表情が、まるで嘲笑のように見えた。
「……どうする? 私も流石に魔力が空っぽよ」
「私も、よ。年寄りには厳しいわ……」
空には邪神。
地には力尽きた仲間たち。魔力は散り、空に大地に漂うのみ。
トゥエルノーラは、手の中の輝律杖を見つめた。
――まだ終わる訳にはいかない。




