3-18.邪神を貫く光
不気味なほど、邪神は姿を見せなかった。
しかし――その静寂は、女王トゥエルノーラにとって僅かな救いでもあった。
彼女には、山のように積まれた「やるべきこと」があったからだ。
各国から続々と援軍が到着し、女王はその迎え入れと会談に追われていた。
さらに、神より授けられた《輝律杖》を最大限に活かすため、各国の魔術師団と通信連携の整備を進める。
行方不明となったワータル様とヒガンちゃんの捜索も続いており、洞窟の崩落地点を中心に探索隊が組まれていた。
輝律杖を試す訓練も行いたい――そう思うたびに、トゥエルノーラは空を見上げる。
輝律杖を使った訓練も行いたかったが、なにせ相手は邪神。下手にその力を見せれば、どこからか見ているかもしれぬ存在に、こちらの手の内を晒すことになる。
結局、ぶっつけ本番で挑むしかない。それがどれほどの危うさを孕むかを知りながらも。
忙しくしていると時間はあっという間に経つもので、いつの間にか二日が経過していた。
「陛下! 例の化物が現れました!」
「現れた? どこです!」
「開拓予定地です! 現在、平地の上空に漂い、動く様子はありません!」
都合の良い――いや、まるでこちらの準備を待っていたかのようなタイミングだった。
前日の戦いから体力も魔力も回復し、各国との連携も整っている。しかも現れたのは人のいない地帯。
地形も広く見晴らしが良い。防御にも、攻撃の布陣にも好都合だった。
それでも、胸の奥の疑問は消えなかった。
邪神の目的は何なのだろう?
そして……未だ行方知れぬワータル様とヒガンちゃん。
彼らは、あの存在に囚われてしまったのだろうか――。
「分かりました。皆に伝えてください――決戦の時です!」
「はっ!」
窓の外に目を向ける。
この天空都市からは邪神の姿は見えなかったが、空は不気味なほど薄暗く、鳥や空飛ぶ魔物たちが逃げ去っていくのが見えた。
自然が怯えている――世界そのものが、あの存在を拒んでいる。
もし、あの力が人々に向けられたら……。
人の命など、紙屑のように散るだろう。
絶対に、倒さねばならない。
トゥエルノーラは深く息を吸い、心を静めると執務室を後にした。
「全員、配置に付きました!」
「分かりました」
戦場は灰色の空の下。
トゥエルノーラはセリフィアと魔法騎士団、そして各国の勇者隊を率い、邪神の目前――いや、あの怪物の視界の外縁に陣を敷いていた。
地面を這うように広がる魔力の波動が、張り詰めた空気を震わせている。
「エル……大丈夫なの?」
普段なら飄々としているセリフィアが、珍しく不安を滲ませた声を出す。
「大丈夫……と言いたいところだけど、正直、分からないわ」
トゥエルノーラは空を見上げた。
「ただ――上手くやらなければ、この世界は終わる」
邪神の無機質な目が、何を見ているのか。誰を見ているのか。
分からない。ただ、その眼差しは、存在するだけで魂を削る。
「始めます!」
トゥエルノーラの声が響く。
その瞬間、各部隊の魔力が一斉に高鳴った。
まず、低空に漂う邪神の周囲――そこに、突如として巨大なゴーレムが立ち上がる。
遠隔創造魔法によるものだ。
勇者隊の魔術士たちが、離れた位置から展開したゴーレムは十を超え、その動きはまるで意思を持つかのように滑らかだった。
大地を震わせる巨腕が邪神を掴もうと迫る。
だが、邪神の周囲に禍々しい光球が浮かび上がり、次の瞬間――轟音と閃光が戦場を呑み込んだ。
ゴーレムが次々と爆砕し、衝撃波が砂と瓦礫を巻き上げる。
その混乱の最中、遠距離の魔導士たちが一斉に詠唱を開始。
無数の魔法弾が嵐のように邪神へ降り注いだ。
同時に、地上では魔物討伐隊が建造物の陰から一斉攻撃を放つ。
火炎、氷槍、雷撃――あらゆる属性の魔法が夜を昼のように照らし出した。
だが、邪神は怯まない。
全身に刻まれた光の紋が、反撃の予兆を示した。
次の瞬間、光弾が雨のように降り注ぎ、地上を焼き払う。
多くの魔物討伐隊が巻き込まれ、空間が悲鳴を上げた。
それでも――これは想定内。
彼らは自ら囮となることを選び、命を懸けてその役を引き受けていた。寧ろ、自分達でなければできないと豪語する。
トゥエルノーラは唇を噛み締める。
この戦いで、誰が生き残れるかは分からない。
だからこそ――この一撃で、すべてを終わらせなければならない。
「皆さん! 準備は良いですね?」
「エル、頼んだわよ!」
セリフィアの声が背を押した。
魔法騎士団と勇者隊が詠唱を終え、すべての魔力が一点に集中する。
邪神の視線は地上に釘付け。
ゴーレムの残骸と粉塵に遮られ、この天空の一点に浮かぶトゥエルノーラの存在には、まだ気づいていない。
女王は宙に舞い上がり、掲げた杖の先に光を集めた。
「放てッ!」
その号令とともに、数百、数千の魔法が彼女のもとへと収束する。
奔流のように押し寄せる魔力の風が衣を煽り、トゥエルノーラの髪を乱した。
一瞬、このまま自分も焼き尽くされるのでは――そんな想像が脳裏をよぎる。
だが、彼女はその恐怖を飲み込み、ただ前を見据えた。
神の使いより授かった輝律杖。
その真価が今、明かされる。
「集え、我が信頼たる魔の力よ――!」
杖が震え、無数の魔方陣が宙に浮かび上がる。
この杖の真価とは、指揮者が味方と見なす魔法を一つに束ね、その威力を極限まで高めた一つの魔法に進化させることだった。
輝律杖から無数の魔方陣が展開され、それにより千を超える魔法が一つに束ねられ、とてつもない輝きを放つ。
この世界の魔法を網羅しているはずのトゥエルノーラですら、比肩するものを見たことがない、神域の輝きだった。
その圧倒的な力に、彼女は僅かに微笑む。
「集え、祈りよ――我が世界の怒りよ、響け!」
退避の合図が出され、地上の兵が次々と距離を取る。
邪神の姿はゴーレムと粉塵で全く見えない。しかし、あの圧倒的な気配が邪神の位置を知らせていた。
「邪神よ、貴方に恨みはありませんが、その存在を放置する訳にはいかないのです!」
杖先が輝きを放ち、天空が閃光で染まる。
「――終律魔煌!!」
光が世界を貫いた。
粉塵も、ゴーレムも、全てを弾き飛ばし、収束された魔煌は瞬時に邪神へと突き刺さる。
すべてを包み込む破壊の奔流。
凄絶な轟音が響き渡り、誰もが言葉を失う。
その光の中で、邪神の瞳が――不気味な光を放った。




