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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
魔法絶頂時代 (神域残響65)
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3-17.邪神と神の使い

 エルと別れた後、トゥエルノーラは天空都市へと帰還した。

 白亜の塔が立ち並ぶ中央広場に降り立つと、律法省の長ゲイルが息を切らしながら駆け寄ってくる。

 普段は沈着冷静な男の顔に、焦燥の色が濃く滲んでいた。


「トゥエルノーラ閣下――ご無事で何よりです!」

「ゲイル様、留守を有難うございます。私は問題ありません。ただ、他に問題が発生しました」

「あの……ドラゴンのような魔物の件ですね。我々も確認しました。あれは一体、何なのですか?」


  トゥエルノーラはわずかに眉を寄せた。

 ――それを知りたいのはこちらの方だ。


 報告によれば、あの魔物の放った光は幸いにも人里を外れ、直接の被害は出ていない。

 だが、余波は国境を越え、他国からの問い合わせが絶えないという。

 ゲイルの苦境は容易に察せられた。

 トゥエルノーラたちが向かっていた方角から事が起きた以上、下手な説明は国家機密の漏洩にも繋がる。

 彼の言葉を選ぶ苦労が目に見えるようだった。


「分かりました。私が各国に説明します。ゲイル様は魔法騎士団から話を聞いて現地の報告をまとめてください」

「承知しました」


  二人は短く頷き合い、別れた。

 トゥエルノーラは通信室――各国との連絡を担う要所へと向かう。


 室内は魔力灯の光に照らされ、壁一面に並ぶ通信球が青白く明滅していた。

 各国からの声が重なり合い、職員たちは筆を走らせながら必死に応答している。

 その喧噪の中に立ち入っても、誰一人として女王の来訪に気づく余裕はない。


 ――無理もない。誰もが、この国の命運を背負っている。


 トゥエルノーラは静かに室長のもとへ歩み寄る。

 疲労の影が浮かぶ室長の顔が、彼女の姿を認めると一瞬で安堵に変わった。

 彼の手配で、隣国や主要国との通信が一つに束ねられ、臨時の国際会議が開かれる。


「……恥を忍んで申し上げます。突如として現れた化け物は、魔法に似て異なる力を放ち、姿を消しました」

「貴国だけで抑えられるのですか?」

「難しいでしょう。咄嗟に放った最高位の攻撃魔法でも、傷一つ与えられませんでした」

「なんと……勇者の末裔にして現存最強の魔法使い、トゥエルノーラ閣下をもってして……」


  沈黙が走る。

 トゥエルノーラは苦渋を飲み込みながらも、声を落ち着けた。


「我が国で全力を尽くします。ですが、手に負えないと判明した場合はすぐに通達します。各国には対応の準備をお願いします。……もし援軍を送っていただけるなら、それほど心強いことはありません」


  結果、各国は応援部隊――すなわち各国勇者の派遣を決定した。

 名目上は救援だが、実際にはウェルザルト王国の戦力を測る意図もあるだろう。

 それでも、未知の脅威に対し味方が増えるのは確かな安堵だった。


 問題は、姿を消した化物の行方だ。

 あれほどの巨体が影も形も見せないとは異常である。

 トゥエルノーラは監視網の拡大を命じ、探索の手を休めぬよう厳命した。




 その後――。

 自国戦力の再編、避難計画、他国への受け入れ体制。

 老いた身体を押して、トゥエルノーラは昼夜問わず政務をこなした。

 夜更け、ようやく全ての報告に目を通し終えた時には、すでに魔力の灯も消えかけていた。


 食事もそこそこに済ませ、入浴を省いて魔法で身体を清め、自室の扉を静かに閉める。

 ふと振り返ると、先程まで何も無かったはずの空間に白い誰かが立っていた。

 咄嗟に防御結界を展開しかけたトゥエルノーラは、その気配に迷いを覚えた。

 ――邪悪ではない。むしろ、畏れを抱かせるほどに清らかだ。

 白いローブの影に覆われた顔。

 唇だけがかすかに見え、陶磁器のような質感を帯びている。


「警戒なさらずともよい。私は貴方に危害を加えぬ」

「……どなたですか?」

「神の使いです」


  その言葉に、トゥエルノーラの瞳がわずかに揺れた。

 かつて勇者のもとに現れたと伝えられる存在――神の使い。

 神話と伝承の狭間にある“虚構”だと思っていたものが、今、目の前にいる。


「どの神の……使いです?」

「……お前たちが『創生の神』と呼ぶ存在だ」


  創生の神。

 最古にして最も忘れられた神。

 信者は少なく、記録すら断片的なその教義は、今では神話の残滓として扱われている。

 ――なぜ、その神が今。


「お前たちが目にした存在……あれは、この世界の初めより在りながら、名を与えられなかった“邪神”だ」

「邪神……!」

「本来なら人の心の奥底に封じられるべきもの。それを、お前たちの封印術が刺激してしまった」


  バーメインが行った封印は、中に閉じ込めた存在を破壊し、漏れ出た力を取り出す特殊な術式になっていたそうだ。

 その非道な封印が、邪神の意志を呼び覚ましてしまったのだろう。


「人の過ちをお詫び申し上げます。……私たちは、どうすればよいのでしょう。あの邪神には、私の力では敵いません」

「これを授けましょう」


  空間が揺らぎ、白光の中から一本の杖が現れた。

 掌に収まるほどの小さな杖。だが、その内に宿る魔力の密度は、トゥエルノーラの研ぎ澄まされた感覚を圧倒した。

 精緻な術式の層が無数に重なり、この世の理を組み替えるような気配を放っている。

 しかし……


「……それでも、あの邪神には届かぬように思えます」


  確かにこの杖を使い、最高峰の魔術を放てば、素晴らしい破壊力を示すだろう。

 しかし、あの邪神の力にはそれでも及ばないように思える。


「この杖は使用者の魔法力を高めるが、真価はそこではない」

「それはどの様な力なのでしょうか?」

「振るえば、自ずと理解できるだろう」


  杖がふわりと宙に浮き、老女王の手へと吸い寄せられる。

 ひんやりとした感触が指先を包み、次の瞬間、彼女の中に杖の構造と意味が流れ込んだ。


「――輝律杖アルカ・セラフィム。それをもって、邪神を討て」

「……承知しました」


  顔を上げた時、神の使いの姿はすでに消えていた。

 まるで最初から存在しなかったかのように、部屋には静寂だけが残る。


 だが、手の中の杖が淡く輝き、現実であることを告げていた。

 その光を見つめながら、トゥエルノーラの胸に久しく忘れていた感情――希望が、静かに灯った。

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