3-15.バーメイン・ダグラス
トゥエルノーラたちは、湿った岩壁に囲まれた洞窟を進んでいた。
足音が反響し、時折、影のように魔物が飛びかかってくる。
だが、魔物討伐隊と魔法騎士団がすぐに迎撃し、その度に短い悲鳴が闇に吸い込まれた。
それでも――肝心の『魔王の後継者達』は、どこにも姿を見せない。
「それにしても広い洞窟ね。街より広いんじゃない?」
セリフィアが息を整えながら呟く。
通路は幾度も折れ曲がり、そのたびに湿った風が吹き抜ける。
奥へ進むほどに、ただの洞窟ではない異様な気配が濃くなっていく。
岩肌には古い呪文の刻印が浮かび、淡い光を放っていた。まるで、魔物たちが築いた“地下の王国”のようだった――ただし、その国民はすべて人に仇なす者たちだ。
人と魔物は、決して相容れない。ゆえに、魔物を使役し従える集団を放置することなど、許されるはずもない。
トゥエルノーラは歩みを止めぬまま、胸の奥で決意を固めた。
もし放置すれば、魔物たちは再び人の領域へ溢れ出すだろう。
長い通路を抜けたその先――ふいに視界が開けた。
そこは、天井の高い巨大な空洞。儀式の間のような造りで、床や柱にびっしりと呪文が刻まれている。
トゥエルノーラの目がそれを一瞥する。「……封印の構成ね」
彼女は魔法の理を読む。これは、かつて何かを“封じる”ための場――その魔力の残滓が、まだこの空間を支配していた。
「バーメイン! 一体どういうつもりだ!」
「何……これこそが、俺の目的だ」
声の主――フードを脱いだ男、バーメイン・ダグラス。
その傍らには、強力な封印の力が渦巻いていた。
空間が歪み、稲光が漏れ出しては、まるで呼吸するように彼の体へ吸い込まれていく。
「かつて魔王は他者の力を我が物にしたという……であれば! 同じことをされても仕方がないではないか!」
「魔王様の力を自分のものにしようというのか、この恥知らずが!」
一人の魔法使いが大地の魔法を詠唱し、空間を裂くように石杭を放つ。
だが――衝撃音と共に砕け散ったのは杭の方だった。
バーメインは微動だにせず、破片が光のように弾け散る中、静かに口角を上げる。
「……素晴らしい。お前の得意魔法だったな。その威力、俺もよく知っているよ」
周囲の空気が凍りつく。
トゥエルノーラも動けなかった。魔力の波動が強すぎて、皮膚の下が痛むほどだ。
――防御もしていない。なのに、無傷。
ただの人間ではあり得ない、と彼女は悟る。
「魔王の力をほんの少し吸収しただけでこれなら、その全てを得たなら……どれほどの力になると思う?」
「止めさせろ!」
『魔王の後継者達』が一斉に攻撃を放つ。
魔力の奔流が洞窟を震わせ、爆風が光と砂塵を巻き起こした。
だが、その中から閃光が走る。刹那――数人が薙ぎ払われ、石壁に叩きつけられた。
「ふははは! やるではないか、流石は我が同胞たちだ」
爆炎が晴れ、バーメインの外套が焼け焦げて剥がれ落ちる。
露わになった顔を見て、トゥエルノーラは息を呑んだ。
「……バーメイン・ダグラス。やはり我が国の貴族の一人……!」
その名を呼ぶ声に、男はにやりと笑った。
バーメイン・ダグラス。
下位部門に在籍する末端貴族だった。特に優秀ではないが悪い話も聞いたことが無い、目立たない一族。
「こんな末席の事もご存じとは、光栄です、閣下」
芝居がかった一礼。その眼はどこか狂気を帯びている。
「何故あなたが『魔王の後継者達』に?」
「最初はただの暇つぶしですよ。確かに魔法の発展はこれからも続くのでしょう。……だがな、退屈だった。この時代、魔法でできぬことなど何もない。だからこそ、何も興味を持てなかった」
バーメインは転がる仲間たちを見下ろした。
絶命した者、呻く者。どの顔にも、かつての自分が映る。
「今までの俺はこの転がっている同胞たちと同じだった。暇を持て余し、ただ『面白そうだ』という理由で力を求める。その浅薄な理由がいつの間にか本心と思い込み、達成し得ない手段が崇拝の対象となった。いざ実現しようとすると、この通りどうすれば良いのか分からなくなる……くだらないよな?」
バーメインは自嘲する。
「俺も少し前まで同じだったからあまり同胞を悪くは言えない。が、俺は気付いた。『これはチャンスなんじゃないか?』とな」
「何のチャンスですか?」
「勿論、力を得るチャンスだ。話に謡われる神々の力! 我々がのらりくらりと創造魔法で建てる時間で、神々は世界を瞬時に構築出来る、別次元の力だ! この力で、俺は世界を理想郷に変えてやろう。神話に聞く楽園のような世界をだ!」
トゥエルノーラは呆れる。このような誇大妄想の人を見たのは初めてだった。
問題は、そのような広大妄想狂に、それが実現できる力を持ちそうな点。
勢いに気圧されそうな気持ちを整え、思考に冷静さを戻す。
「そのような事はさせません。世界は調和の上に成り立つのです。一人の思想がすべてを覆えば、いずれ破滅が訪れる」
「出来るさ! この力があれば!」
バーメインが叫んだ瞬間、閃光が走った。
轟音とともに魔力弾が彼の胸を撃ち抜く。障壁が粉々に砕け、男の体がのけぞる。
「が、あ……魔王の……力が……」
放ったのはセリフィアだった。
彼女は会話の最中、息を潜めて魔力を練り続けていたのだ。
その一撃は完璧に決まり、バーメインは膝をついた。
「ま、話の続きは牢屋で聞いてあげる。エル、この人、早く捕らえて」
「え? あ……そうね。魔法騎士団、拘束を。負傷者は治療を急いで!」
トゥエルノーラの声に、待機していた騎士団が一斉に動く。
バーメインは拘束されながら、なお封印の中心を見つめていた。
――奪ったはずの力は、もう途絶えている。
封印は硬化し、再び静寂を取り戻しつつあった。
「さて、バーメイン。ここに誘拐したワータル様がいると聞きました。どこに?」
「ワータル? ああ、魔王か。……その封印の中――」
次の瞬間、空間が悲鳴を上げた。
封印が音を立てて弾け飛び、どす黒い魔力が噴き上がる。
それはまるで、地の底から解き放たれた“世界の悪意”そのものだった。




