3-14.魔王の後継者達
洞窟に突入したのは、魔物討伐隊の三十名と魔法騎士団から二十名、そしてセリフィアと女王トゥエルノーラという構成だった。
総勢わずか五十余名――だが、誰ひとり不安を抱いてはいない。
訓練と実戦を幾度も潜り抜けてきた精鋭達に、迷いなど不要だった。
「来たぞ! ゴブリンどもだ!」
暗がりの奥から、甲高い叫びと共に影が踊る。
闇の亜人――ゴブリン。力は弱く、特別な能力もないが、繁殖力だけは凄まじい。
粗末な短剣や棍棒を振りかざし、群れで襲いかかってくる様は本能のままの獣に等しい。
「リフレクト・レイ!」
魔物討伐隊の一人が詠唱を終えると同時に、光線が奔った。
洞窟の壁に反射した光が幾筋も分かれ、迷いなく敵を貫く。
ゴブリンたちは悲鳴を上げる間もなく、光の残滓に焼かれて倒れ伏した。
地形反射を利用するその魔法は、閉鎖空間で真価を発揮する。
トゥエルノーラは静かに頷き、部隊の統制の取れた動きを観察していた。
老齢とはいえ、彼女の眼光は鋭い。魔法騎士団の育成方針が、確実に成果を上げていることを感じ取る。
「注意! 前方十メートル左右に空間。振動あり!」
「了解!」
指揮官の声と同時に、洞窟の壁が轟音を立てて崩れた。
粉塵の中から現れたのは、桶を抱えたゴブリンたち。その中には粘つくスライムがうごめいている。
彼らはそれを浴びせ、獲物がもがく隙に襲いかかる算段だったのだろう。
「ブレイブ・ボルト!」
しかし、奇襲は逆に討伐隊の餌食となる。
炎弾が放たれ、スライムは焦げ付きながら溶け、ゴブリンたちは悲鳴を上げて崩れ落ちた。
奇襲にも乱れぬ対応。さすがは対魔物の専門部隊――魔物討伐隊。
一人一人が即応力に優れ、仲間との呼吸も見事だ。
セリフィアは腕を組みながら、彼らの戦いぶりをじっと見つめていた。
その眼差しは鋭くも温かい。「お手並み拝見」とでも言いたげな余裕がある。
トゥエルノーラもまた、彼らの動きを観察しながら小さく微笑んだ。
――この国は、まだ戦える。そう確信するように。
やがて、洞窟の奥が開けた。
空間は広く、古代の儀式場のような雰囲気を帯びている。
そこに待ち構えていたのは、複数のグレイトベア――洞窟の番人とも呼ばれる巨獣たち。
そして、その影から数名の人影が現れた。
「ようこそ、我らの居城へ」
フードを深く被った者たち。顔は闇に沈み、表情は読めない。
トゥエルノーラが一歩前へ出た。杖の先に淡い光が灯る。
「あなた方は何者です?」
「――もちろん、『魔王の後継者達』さ」
空気が張りつめる。
トゥエルノーラは即座に判断を下した。
「分かりました。やりなさい!」
合図と共に、無数の攻撃魔法が放たれた。
だが敵も熟練者揃いらしい。展開された防壁が閃光を受け止め、全てを霧散させる。
その展開速度と防御強度――貴族級の術者と見て間違いない。
「いきなりとは礼儀知らずだな。普通は“目的は何だ”と聞くものじゃないのか?」
「……あなた方の目的は、何ですか?」
「よくぞ聞いてくれた!」
実は話したかったような饒舌に語り始めるその声。
トゥエルノーラは眉をひそめながらも、興味深く耳を傾けた。
「我らの目的は――魔王様の復活! そしてその時が、ついに来たのだ!」
「魔王……おとぎ話の登場人物が、本当に存在するとでも?」
「存在するとも! 我らは魔王様を見つけたのだ!」
トゥエルノーラの脳裏に、ある名がよぎる。
――ワータル様。
誘拐された上級貴族の少年。確かに並の者ではない魔力を持っていた。
だが“魔王”などという称号を背負う存在とは到底思えない。
それとも、彼らは何か“別の真実”を見ているのだろうか。
「では、その魔王を復活させて……あなた達は何を望むのです?」
「え?」
静かな問いに、後継者達は一瞬言葉を失う。
沈黙。焦り。空気が揺れる。
「そ、それは……」
「それは?」
「俺達を倒せたら教えてやる!」
その瞬間、魔力が爆ぜた。爆風が岩壁を打ち、砂塵が舞う。
(あの様子ですと、何も考えてなかったようですね)
トゥエルノーラは息を吐き、冷静に防御術式を構築する。
その眼差しは戦いを見据える賢王のものだった。
先陣を切って突撃してきたのは、隷属魔法に操られたグレイトベア。
背後の一人の女性が、複数の魔物を同時に支配しているのが見える。
――この規模の隷属魔法、記録にはない。
彼女を止めねば勝機はないが、巨獣たちが壁のように立ちはだかっていた。
襲撃の魔物も恐らく彼女が操っていたのだろう。
まずは、彼女を押さえなければならない。
「フレア・ボム!」
爆発が洞窟を揺るがす。しかしグレイトベアは怯んでもなお進む。
討伐隊が迎撃するが、押し寄せる巨体の勢いに押され、次第に後退していく。
トゥエルノーラは援護のタイミングを測るが、味方が密集しており、大規模魔法では巻き添えが出る。
精密魔法では突破力が足りない。
焦燥が胸を掠めたその瞬間――金の閃光が横切った。
「はい、ちょっと割り込むよ!」
「なっ――!?」
セリフィアだった。
彼女は素手で、数人がかりで押さえていたグレイトベアを殴り飛ばした。
拳が岩を砕くような衝撃を生み、巨体が数メートル吹き飛ぶ。
「この魔法、ごつく見えるからあんまり好きじゃないんだけどなぁ」
グレイベアの強靭な爪の振り下ろしを腕で受け止め、逆に爪を掴んで投げ飛ばしていた。
全身を魔力で包み、筋肉と骨格を限界まで強化する。
彼女が繰り出す一撃一撃が、轟音と共に洞窟の空気を震わせた。
この魔法、実は特別なものではないが使い手は少なかった。何故なら、攻撃魔法で大抵は事足りるし、人の体を強化したぐらいでは、強力な魔物の力には敵わないからだ。
通常なら無謀な戦法。しかし、セリフィアは“例外”だった。
魔物討伐隊の面々が息を呑み、やがて雄叫びを上げる。
「おら、一人に助けられてばかりいてたまるか!」
「やれぞ!」
「おぉ!」
士気が一気に高まった。
セリフィアが注目を引きつけた隙を突き、討伐隊は横合いから斬り込む。
圧倒的な連携。魔物と人との激突が、洞窟を戦場に変えていく。
やがて、敵の勢いが明らかに衰えたその時、巨大な火炎魔法が上空から降り注いだ。
魔物もろとも焼き尽くす威力――。
「エル、ナイス!」
直前に展開された魔法障壁が炎を弾く。
トゥエルノーラの冷静な判断が、多くの命を救った。
彼女は予見していた。『魔王の後継者達』が、魔物を切り捨てる非情な戦法を取ることを。
やがて、グレイトベアは全滅した。
洞窟には焦げた匂いと蒸気が立ち込める。討伐隊の負傷も少なくはないが、士気は失われていない。
怒りと誇りが、彼らの中で燃えていた。
「くそ、こうなったら魔王様に――な、何だ!?」
突如、後継者達の表情が変わる。
恐怖。動揺。彼らは何かを感じ取っているようだった。
「魔王様の気配が……消えた!? 退却だ、退却!」
の叫びと共に、彼らは奥の通路へと姿を消した。
残されたのは、静寂と、魔力の余韻だけ。
トゥエルノーラは杖を軽く振り、前方を照らす光を強める。
老いた瞳の奥には、戦の終わりではなく次の一手を読む確かな光が宿っていた。
「――追いかけますよ」
静かな声が洞窟に響く。
その声音には、王としての威厳と、一人の戦士としての覚悟が滲んでいた。




