3-13.突入
「閣下! 先発侵入した偵察隊より連絡が来ました!」
まだ日が地平線にかかる早朝。淡い光が空中都市ウェルザルトの王城広場を照らし始めていた。
冷たい風が吹き抜け、朝露を帯びた石畳を濡らしている。そこに整列しているのは、主力である魔法騎士団二百名と、特戦力たる魔物討伐隊五十名。そして、指揮を執るのは老齢ながらも理知に満ちた女王――トゥエルノーラ・ウェルザルト。その隣には、金の髪を風に揺らす魔女セリフィア・アークライトの姿があった。
「内容は?」
「エルグナーシア北方、およそ一キロ先の谷に洞窟を発見しました。入口に見張りと思しきフード姿の者が一名。周囲には多数の魔物が徘徊しています」
「魔物の種類は?」
「平地にリザードマンとオーガ、上空にワイバーン、森の奥ではアラクネの姿が確認されています」
報告を聞いたトゥエルノーラは、眉をわずかにひそめる。
目の届く範囲にドラゴン種がいないのは幸運と言える。
だが、アラクネ――人と魔が混ざり合った古代の残滓が出現しているというのは厄介だった。
魔の力と人の知恵を併せ持つそれは、単なる魔獣ではなく、戦術的な知性すら兼ね備えている。
とはいえ、恐れる必要はない。
この場に集うのは、あらゆる状況に対応できる魔法騎士団だ。彼らの練度ならば、充分に対処可能だった。
トゥエルノーラは一歩前へ出る。
彼女の声が広場に響き、朝の空気を震わせた。
「皆さん、敵の拠点が判明しました。洞窟の外には、ワイバーンやアラクネを含む強敵が多数。ですが、ドラゴン種はいません。――魔法騎士団は外縁の制圧と結界展開を。魔物を全滅させる必要はありません、洞窟へ侵入させぬことを最優先とします!」
その言葉に、整列した兵士たちの目が一斉に輝いた。
士気は高く、恐れよりも使命感が勝っている。
更に魔法騎士団には洞窟全体を結界で覆い、『魔王の後継者達』が転移で逃げられるのを防ぐ役目もある。
「魔物討伐隊は魔法騎士団のフォローと、私とエリフィアと共に洞窟内に突入。敵勢力および『魔王の後継者達』の確保、並びに誘拐された上級貴族――ワータル・シーク様の救出を最優先とします」
やる事が多く、どれもが難しい対応となるが、全員、臆した様子もない。
指示を終え、トゥエルノーラは静かに息を吸った。
不安はあった。だが、それ以上に確信もあった。
――この戦いは勝てる。必ず。
「皆さんの奮戦を期待します。――では、行きましょう」
瞬間、広場を包む魔法陣が輝きを増し、光が爆ぜる。
風が渦を巻き、空気がねじれる。
次の瞬間、視界が歪み、全員の身体が一斉に転移の奔流へと呑み込まれた。
空気が変わる。
乾いた高空の風から、湿り気を帯びた森の匂いへ。緑の香りとともに、足元の土が柔らかく沈むのを感じた。
「来たか!? ――ぐっ!」
洞窟の入口には、すでに見張りがいた。転移の魔力を感知していたのだろう。
フードの男が素早く笛を取り出すが――吹くより早く、セリフィアがその喉を押さえ込み、地に倒した。
無駄のない動き。風のような速さだった。
「魔物討伐隊、門番を確保! 魔法騎士団は外周の魔物殲滅を優先!」
「応!」
兵士たちの声が重なり、戦線が動き出す。
トゥエルノーラは一瞬だけ空を仰ぎ、手をかざした。凛とした声が響く。
「氷冷なる世界を我は呼ぶ 刹那の刻よ 来たれ アイス・ウェイブ!」
振り上げた手が輝き、そこから一条の輝きがトゥエルノーラ達を取り囲む魔物の中に突き刺さった。
突如として一帯が凍りつく。更に輝きが周囲に薙がれ、凍りつく範囲をどんどんと広げた。
魔物達は叫び声を上げる暇もない。
一瞬後、凍りついた事など無かったかのように氷は消え去ったが、魔物の多数が息絶え、生き残りも動きが鈍い。
そこへ雪崩れ込んだのが魔法騎士団だ。生き残った魔物に止めを刺していく。
その隙に、トゥエルノーラはセリフィアへ視線を送った。
「よし……洞窟に――」
だが、言葉が途切れた。
地鳴りのような振動が足元から伝わり、暗い洞窟の奥で何かが蠢いたのだ。
「ロックゴーレム……なんて大きさ……!」
洞窟の天井を削るようにして現れた巨体。
その質量だけで、洞窟の入り口がほとんど塞がれてしまう。
振り下ろされる腕が地を砕き、土砂が舞い上がる。凶暴な咆哮が周囲の木々を震わせた。
「ゴォォォ!」
圧倒的な存在感。
ロックゴーレムは腕を伸ばして振り回してくる。
動きは遅く単純なので避けるのは容易だが、やらたと振られるため近づくことが出来ない。
魔物討伐隊から攻撃魔法を散発的に放たれるが、岩の皮膚を焼くには至らない。
「こうなったら……」
トゥエルノーラは魔力を練り、どの魔法を使うべきか考える。
焦燥が胸をかすめたその瞬間――雷鳴が轟いた。
閃光が空を裂き、ロックゴーレムの腕を貫通する。
轟音とともに巨岩が砕け散り、煙の中からセリフィアが姿を現した。
「この程度に手こずっちゃ駄目よ、エル」
口元に浮かぶ、余裕ある笑み。
続けざまに放たれる雷撃が、岩の巨体を削り取り、最後の一撃がその核を打ち抜いた。
「ガッ……ア……」
もはや残っている所の方が少ないロックゴーレムは、残った腕で何とか振るとそのまま崩れ去った。
洞窟の入り口は多少塞がっているが、通れない事は無い。むしろ、外からの侵入を防ぐ天然の防壁となった。
「ありがとう、セリ」
「ふふ、いつものことよ。でも――もう少し部下の魔力制御を鍛えた方がいいわね?」
「……そうね。考えておくわ」
二人の間に交わるのは、長い年月で築かれた信頼と軽口。
互いの実力を知り尽くしているからこそ、余裕すら漂う。
魔法騎士団は指示どおり、転移防止の結界展開を開始。
討伐隊は再び陣形を整え、洞窟内への突入に備える。
周囲の森では、未だ魔物たちのうごめく気配があるが、誰一人怯える者はいなかった。
背後の守りを任せ、洞窟への突入を開始する。




