3-12.協力依頼
「ふぅ……」
女王トゥエルノーラは腰を軽く叩いた。
長年政を担ってきた体は、知らぬ間に疲労を溜めている。
もう引退が見えてきた年齢だというのに、最近は休む間もない。
先ほど終えた取り調べも、決して女王の本分ではない仕事だった。だが、尋問の相手は室長であり貴族でもあるシード・フェザー──そのうえ『魔王の後継者達』に関する情報を握っているとされる人物だ。
軽々しく他の者に任せるわけにはいかなかった。
(いずれ、極秘情報を専門に扱う部署を設立すべきね……)
トゥエルノーラは疲れを滲ませた眼差しで、執務室の燭台を見つめながら考えた。
シード・フェザーは『魔王の後継者達』の端末──つまり協力者であった。
そうなったのは比較的最近の話らしい。
魔王が魔物全てを奴隷化することなく操ることが出来るという話から、魔物との平和の道が出来ると知り、魔物との共存の道を信じた結果、彼は協力を決めたのだという。
理想主義者らしい誤解だったが、彼の善意だけは疑いようがなかった。
幸いにも、彼はアジトの場所を知っていた。
今回の襲撃に際し、彼の所持する「結界具」を貸してほしいと要請があったが、それは王国が厳重に管理する重要な品。
協力を惜しむつもりは無いが結界具からシード自身へ追跡が及ぶ可能性があるため、彼は最初は断ったらしい。
だが、襲撃の目的が重大であり、かつ「協力すればアジトに案内し、仲間に紹介する」という誘い文句を受け、彼はついに折れたのだ。
その時、信頼の証として場所だけは先に聞いていたようだ。
その場所を教える訳にはいかないと、シードは口を閉ざしていたが、襲撃の際、魔物が使い捨てにされていたことを伝えると、その表情が崩れた。
彼が魔物を大切に思うのは、口先だけではなく本心から思っていること。その事は誰にも言っているので誰もが知っている事だ。勿論『魔王の後継者達』にもだ。
それなのに、魔物を使い捨てにしていたという事は……
彼は暫く考え込んでいたが、思い悩みながらも、絞り出すように場所を述べる。
場所は「エルグナーシア」の奥地。
天然の洞窟に長年手を入れて要塞化している、そこが『魔王の後継者達』のアジトだ。
それを告げる声は震えていた。
彼にとって、それは裏切りでもあり、贖罪でもあったのだろう。
その後、トゥエルノーラはついでに尋ねた。襲撃時に行方不明となった上級貴族、ワータル・シークについて何か知っているかと。
しかしシードは何も知らず、少なくとも『魔王の後継者達』とは無関係だろうと答えた。
それを最後に、尋問は終わりを迎える。
シード・フェザーは、魔法の発動が封じられた貴族専用の牢へと収監される。
トゥエルノーラは深く息を吐き、窓の外を見やる。
夜の帳が降り、王都の灯が星々と競うように瞬いている。
「……ワータル様が無関係なら、ドラゴン種と話していたのは誰? 襲撃の理由も、ますます分からなくなってきたわね……」
つぶやきは静かな執務室に吸い込まれた。
アジトは突き止めた。後は救出と真相の解明だ。
だが、相手が罠を張って待っている可能性も高い。
思考を切り上げ、彼女はカップの冷めた茶を一口だけ飲み干した。
翌朝、王宮の回廊を歩きながら、トゥエルノーラは律法省の長ゲイルに留守を任せる旨を伝えた。
彼は理屈っぽいが、誠実で信念の人だ。
反対の言葉をいくつか投げられたが、最終的には納得してくれた。
続いて、魔物討伐隊と魔法騎士団から遠征隊を編成させる。
戦闘力よりも「口の堅さ」を優先し、信頼できる者だけを選抜するよう命じた。
今回の任務は王国の根幹に触れる。軽挙は許されない。
そして──
「セリ、いますか!」
未開拓地の深い森。
鬱蒼とした木々の間を抜けると、突然、陽光が差し込む小さな空間が現れた。
そこに、自然と溶け合うようにして一軒の小さな家が建っている。
アークライト一族の末裔、セリフィアの家だ。
「セリ!」
「……聞こえてるわよ、エル。家に来るなんて珍しいわね。どうしたの?」
扉が少しだけ開き、寝ぼけ眼のセリフィアが顔を覗かせた。
淡い金髪が肩にかかり、寝癖で跳ねている。
パジャマ姿のままの彼女に、トゥエルノーラは思わず苦笑を漏らした。
「もうお昼に近いわよ。お願いがあって来たの」
「いいじゃない。どうぞ」
扉を大きく開き、セリフィアは手招きした。
彼女が欠伸をしながら呟くと、柔らかな光が包み込み、パジャマが普段着へと瞬時に変わる。
部屋の中は温かな木の香りが漂い、壁には古い魔導具や薬草が並んでいる。
中央のテーブルに魔法で生み出したハーブティーと焼き菓子が置かれた。
「ま、折角だしどうぞ」
「ありがと。ここまで来るの、腰にくるわね」
「転移で来たんでしょ。腰、関係ないじゃない」
セリフィアが呆れたように言うと、トゥエルノーラは聞こえなかったふりをしてカップを口に運んだ。
香草の香りが鼻をくすぐる。
「あら、腕を上げたわね」
「で、お願いって?」
「『魔王の後継者達』のアジトが分かったの。上位貴族が誘拐されている可能性があるわ。
もし、前に遭遇したようなドラゴン種が複数現れれば、救出は難航するでしょう」
言葉に重みがあった。
敵の戦力は未知。魔物の数も種類も、構成員の実力も分からない。
だがトゥエルノーラは、確実な勝利のために最強の味方を求めていた。
「だからお願い。力を貸して頂けませんか?」
「まったく、エルとの間柄で敬語なんてやめてよ。……いいよ。この間頼って良いって言ったばかりだしね」
「ありがとう、セリ。恩に着るわ」
「その代わり、国で開発した新しい魔法を一つか二つ、教えてもらうからね」
「高くつきそうね」
二人は笑い合い、しばし昔に戻ったような穏やかな空気が流れた。
トゥエルノーラはその笑みの裏に、決意を隠す。
明日の早朝、偵察隊が転移で現地を確認し、続けて主力部隊が一斉転移して突入する。
恐らく罠が待ち構えているだろう。
だが、王国の根を揺るがす存在を見過ごすわけにはいかない。
──その芽は、必ずこの手で断ち切る。
トゥエルノーラはハーブティーを飲み干し、ゆっくりと立ち上がった。
窓の外の森では、風がざわめき、木々がまるで戦いの前触れを告げるように揺れていた。




