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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
魔法絶頂時代 (神域残響65)
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3-10.探究府の長エレノア

  女王トゥエルノーラが次に訪れたのは、王都の中心部にある探究府だった。

 この部署は、新たな魔法の研究、未知領域の探知、資源調査、技術開発など――あらゆる「未知」に挑むことを目的とした機関である。

 古代研究室、未開拓地調査団、技術開発部など、多くの下位部門を抱え、その活動が国の繁栄を支えていた。

 これらの部門がもたらす新しい知識は、この国にとってかけがえのない部署といえる。


 そして、あの「結界具」を生み出したのも、この探究府であった。

 その所有者はすべて登録されており、トゥエルノーラは今回、その最新のリストを確認するためにここへ足を運んだのだ。


「失礼します」

「……どうぞ」


  返事をしたのは、探究府の長――エレノア。

 ドアを開けた瞬間、トゥエルノーラは目を瞬いた。整然としているはずの執務室は、まるで吹き溜まりのように混沌としていたのだ。

 棚や箱からは書類や魔導具が溢れ、床はほとんど見えない。

 魔法陣の書かれた紙束があちらこちらに散らばり、瓶や素材の破片が光を反射して鈍く輝いている。


 その混沌の中心、書類の山に半ば埋もれるようにして座っていたのが、氷の女王とあだ名される美貌の持ち主、エレノアだった。

 冷ややかで整った横顔にわずかに光が射し、彼女はペンを筆置きに戻すと、静かにトゥエルノーラを見やった。

 その瞳は氷のように澄んでいるが、何を考えているのかは読めない。


「予定は無かったはずですが……どのようなご用件でしょう、閣下」

「結界具の現所持者を確認したいの」

「……承知しました」


  一拍の沈黙のあと、エレノアは立ち上がり、近くの棚から一つのスクロールを取り出した。

 巻物にはうっすらと埃が積もっている。どうやら長らく触れられていなかったらしい。


 ――そういえば、彼女は掃除が苦手だったはず。

 トゥエルノーラの脳裏に、そんな他愛のない話を思い出す。

 掃除をすると何かしら壊してしまうらしく、部下たちが代わりに行っているとか。

 部屋の有様を見れば、その噂もあながち嘘ではない。


「確認させていただきますね」


 トゥエルノーラは埃を払いつつ巻物を開いた。

 記載されていた個人所有者は四名。自分を除けば、律法省の長ゲイル・ハルトマン、探究府技術開発部のエーテル・ブレイズ、同じく古代研究室のシード・フェザー、そしてエレノア自身である。


「エレノア、結界具の予備に異常はありませんか?」


  問われた彼女は無言のまま金庫の前に立つ。

 魔法認証の光が一瞬きらめき、重厚な錠が外れる音が響いた。

 いくつも並ぶ引き出しの中から一つを開け、中を確認して答える。


「ええ、異常はありません」

「偽物とすり替えられている可能性は?」

「……いいえ。全て本物です」


  淡々とした口調に迷いはない。

 その姿からは嘘をついている気配は感じられないが、何故だろう――この部屋の冷気とは別の、微かな緊張が空気に混じっていた。


「エレノア。貴方が個人所有している結界具はちゃんとあるかしら?」

「……妙なことを聞かれますね」


  短い言葉の裏に、探るような視線が交錯する。

 結界具は簡単に複製できるものではない。個人での製作など、ほぼ不可能に近い。

 だが、結界具の設計と管理の中心にいる探究府の長ならば――その限界を越えうる存在でもあった。


 トゥエルノーラは一瞬、胸の奥に冷たい感触を覚える。

 もしこの女が『魔王の後継者達』と関わっているのだとしたら――。

 『魔王の後継者達』は思ったより国へ影響がある。

 その事を、再び思い返す。


 部屋の空気がさらに凍りつく。

 エレノアの目がわずかに動き、ドアの方をちらりと見たように思えた。


「今日、貴族邸宅で襲撃があったの」


  トゥエルノーラは言葉を慎重に選びながら、探りを入れるように口を開いた。

 だがエレノアの表情は変わらない。氷の仮面のような無表情のままだ。


「その件で、個人所有の結界具を確認していたのよ」

「……そうでしたか」


  一拍置いて、エレノアは引き出しを開錠し、中から結界具を取り出して机の上に置いた。

 青白い魔石が埋め込まれたそれは結界具であった。


「この通り、ちゃんとあります」

「あら……」


  あまりにもあっさりと差し出されたので、先ほどまでの緊張が拍子抜けするほどだった。

 魔力を流して確認すると、確かに本物。偽物の気配はない。


「そのような場合、先に説明をいただけると助かります。女王陛下といえど、いきなり貴重品を見せろと言われれば、多少は警戒します」

「あ……それもそうね。ごめんなさい」


  トゥエルノーラは苦笑した。

 確かに、姿や声を偽る魔法はいくらでもある。貴重な魔法具を不用意に見せないのは当然の警戒心だ。

 エレノアは淡々としているが、その一つ一つの行動には、彼女なりの誠実さと理性が感じられた。


 結界具を丁寧に仕舞い直す彼女を見ながら、トゥエルノーラは静かに息をつく。


「ありがとう、助かったわ。さて……次は誰を当たるべきかしら」

「古代研究室のシード様は如何でしょう?」

「どうして?」

「今朝、ここに来られていました。結界具をもう一つ欲しいと仰っていましたが、規則で即時に渡せないと分かると、そのまま帰られてしまいました」


  トゥエルノーラの眉がわずかに動く。

 破損した結界具が発見され、その翌朝に“新しいものを求めた人物”がいる――。

 偶然とは思えない。


「なるほど……」


 女王は静かに立ち上がる。

 次に訪れるべき相手がく決まった。

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