3-9.行方不明のワータル・シーク
ドラゴン種を追い払ってから数日が過ぎた。
未開拓地に再び姿を現すことはなく、立ち入り禁止令は早々に撤回された。
その知らせに街は活気づき、開発のざわめきは絶え間なく聞こえる。
創世院の長ロドリゴは嬉しい悲鳴を上げながら、人手をかき集め、昼夜を問わず駆け回っている。
そんな賑わいの最中、ある夜に事件は起きた。
強固な結界に護られた天空都市へ、突如として魔物が襲い掛かったのである。
天空都市に魔物が現れるのは稀ではあれ、過去にも幾度か例があった。
そのため都市全体は複数の結界具で常時守られている。
今回襲いかかってきたのはワイバーンであったが、結界に阻まれて侵入は叶わず、怒り狂ったように幾度も突撃を繰り返した。
やがて都市警護兵による反撃を受け、虚空に絶叫を残して墜ちていった。
――それ自体は、決して大事とは呼べぬ出来事だった。
だが翌日、造形局のグロウから届いた一報が、都市に暗い影を落とす。
「事件があったようだ。……ワータル・シーク殿が行方不明だ」
朝になっても開発現場に姿を見せないワータルを案じ、部下が屋敷を訪れた。
最初に目に入ったのは、中庭に残る争いの痕跡だった。踏み荒らされた地面、焼け焦げた芝生、そして荒々しい魔力の残滓。
胸騒ぎを覚えた者が邸内に足を踏み入れると、そこにはさらに凄惨な光景が広がっていた。
壁は砕け、床は抉られ、無数の魔物の死骸が転がっている。
すぐさま魔法騎士団に通報が入り、その報は女王トゥエルノーラの耳にも届いた。
女王がワータルの屋敷を訪れた時には、すでに魔法騎士団が調査を開始していた。
威儀を正した魔法騎士の調査班長が彼女に敬礼し、緊迫した声で報告する。
「襲撃は昨夜。外部から魔物が押し入りました。調べた限りでは、隷属魔法で操られていた個体と思われます」
トゥエルノーラは眉をひそめた。
魔物を隷属させる術者は数少ない。そのうえ、これほど大量に操るとなれば限られた人物しかいない。
だが、彼女の知る術者たちは性格や信条から見て、このような蛮行に及ぶはずもない。
では、他国から潜入した使い手か、それとも国内に秘匿されていた者の仕業か――。
「破壊の状況から見て、ワータル様は最初屋敷の外で応戦されたのでしょう。しかし数に押され、屋敷内に退いた形跡があります。ですが最終的には侵入を許した模様です」
「……ワータル殿と、共に暮らしていた少女ヒガンは?」
「屋敷内を隅々まで調べましたが、姿は見つかっておりません。状況から判断すると、二人とも連れ去られた可能性が高いかと」
トゥエルノーラの胸中に、冷たい予感が広がった。
ワータルは決して強くはない。だが臆病でも無力でもなかった。その証拠に、屋敷に転がる数多の魔物の死骸が彼の抵抗を物語っている。
ならば――彼に一体何があったのか。
ワータルの人物像を思い返して、どのように動いたか推測した。
女王はふと、数日前の記憶を呼び起こす。
あのドラゴン種に語りかけていた声。あれは確かに、ワータルのものではなかったか。
確証はない。だが、直感はそう告げていた。
もし彼が『魔王の後継者達』の一人だったのだとすれば――。
今回の襲撃は何を意味するのか。
そして、この集団の我が国への影響は思ったより深刻なのかもしれない。
ここは首都の天空都市。上級貴族の邸宅が立ち並び、厳重な防備が敷かれている。
そんな場所での襲撃は、極めて大きな危険を伴う。わざわざそのリスクを冒した理由は何か。
粛清か、裏切りの証明か、それとも別の意図か。
……考えを巡らせても、答えは出ない。結局のところ、真実を知るにはワータル本人か、あるいは襲撃者の口を開かせるほかないのだ。
しかし、二人の行方はようとして知れず、『魔王の後継者達』に関する情報も乏しいままであった。
その時、騎士の一人が駆け寄ってきた。
「お話しの最中、失礼します。女王陛下、どうかご足労いただけませんか。……お見せしたいものがございます」
案内されて辿り着いたのは、中庭の片隅だった。そこは火炎魔法を受けたのか、一面が黒く焼け焦げている。その灰の中に、異様な黒い塊が転がっていた。
トゥエルノーラは目を凝らし、すぐにそれが何であるかを理解した。
「これは……結界具?」
「はい。昨日のワイバーン襲撃の際に確認で、同じものを見たばかりなので間違いありません」
「結界具は国にとって極めて重要な魔法具。常設以外のものを扱えるのは限られた者だけ……」
女王の声には驚きと怒りが混じっていた。
この結界具は防衛だけでなく、防音や目隠しの用途にも使われる。秘密の会談や儀式にさえ用いられるほどの代物だ。
それがなぜ、ここで焦げ跡の中に放置されているのか。恐らく襲撃の際、外部への光や音を遮断するために使用され、その後、流れ魔法で破壊されたのだろう。
夜の闇の中では発見されず、見捨てられたに違いない。
結界具が壊れたという事は、結界が消え、防音も遮光も効かなくなっている。
探すのに光を出す事は出来ず、誰かに見つかる恐れもあるので長い時間探すことは出来ず、仕方なしに放棄……そんな所か。
「……手掛かりがひとつ見つかりましたね」
「ええ。私は常設されている結界具に紛失がないか確認いたします」
調査班長は近くの騎士に命令を飛ばし、次々と調査の指示を出した。
「其方はそちらを。私は個人所有の結界具を持つ者を洗い出しましょう。……念のため、お願いがあるのですが?」
「は! なんでしょうか?」
女王は指示を与えてから振り返り、静かに歩みを進める。
まず確認すべきは、所有者の名簿。探究府の長エレノアが、その管理を担っているはずだった。




