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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
魔法絶頂時代 (神域残響65)
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3-8.セリフィア・アークライト

「あの時は本当に助かったわ、セリ。感謝してます」

「あれぐらい、どうってことは無いわよ」


  女王トゥエルノーラは、空中都市の高層にある私邸の庭園に小さな丸テーブルを置き、若き友と並んで午後のひとときを過ごしていた。

 澄んだ風が白いパラソルを揺らし、磨き込まれたティーカップからは、香り高い茶葉の匂いが立ちのぼる。

 彼女の向かいに座る女性は、湯気の立つ紅茶を一口含み、静かに目を細めて味わっていた。


「それよりも、エル。知っているとは思うけど、私はあまり世間に顔を出せないのよ。兵士さんたちに、ちゃんと誤魔化しておいてよね」

「ええ。貴方の家系の事は承知しているわ。アークライト一族……おとぎ話のような話だけど、まだ守っているのね」


 その女性こそ、セリフィア・アークライト。

 数世代を経て他家の血が混じったとはいえ、アークライトの血脈はなお色濃く受け継がれており、特に彼女にはその特性が顕著に表れていた。

 赤みを帯びた金髪に、深く澄んだ瞳。纏う空気そのものが人ならざるものを思わせる。


「先祖から唯一受け継いでいるものだからね。私は目立つのは好きじゃないし、それでいいと思っているわ」

「そう……そんな貴女が友でいてくれることを、私は心から嬉しく思っているの。血筋など関わりなくね」


  二人の出会いは偶然だった。

 未開拓地を視察するために森の中を進んでいたトゥエルノーラは、男たちに絡まれていたセリフィアに遭遇した。

 トゥエルノーラは男たちを追い払うと、次に現れたのは魔物。しかし魔物を軽く退けたセリフィアに興味を持ったのだ。

 一昔話に語られるアークライトの血と重なるその力に驚いたのはもちろんだが、それ以上に、彼女の真っ直ぐで飾らぬ気質に惹かれたのだ。

 年齢差を超えて「セリ」「エル」と愛称で呼び合う今の関係は、その瞬間から芽生えた信頼の結晶であった。

 女王は彼女を貴族に迎え入れたがったが、セリフィアは「一族の掟により人前に出られない」と固辞し続け、結局は彼女が暮らす未開拓地を開発から外すことで、静かな生活を守ってきた。


「あのドラゴン種、エルは追いかけていったけど、どうなったの? 討伐できた?」

「残念ながら逃げられたわ。でも、貴女が教えてくれた魔法で発信印を刻んでおいたの。今のところ戻ってくる様子はないけれど」


 セリフィアはこれまで、国に存在しなかった新たな魔法を、個人的に女王へ伝授してきた。その一つが発信印の魔法である。対象の位置を把握するだけの術だが、印は目に見えず、魔力で消し去られない限り半永続的に残り続ける。そして、その探知範囲は驚異的に広大だった。実際に、あのドラゴン種が国境を越えて他国領に飛び去った後も、位置を正確に感知できていたのだ。


「あの魔物を討伐して正体を調べたかったけれど……逃げられてしまった以上、せめて未開拓地の開発に着手できるだけでも良しとすべきかしら。それよりも……」

「それよりも?」

「追いかけた先であの魔物に話しかける人が居たの」


  女王の声は低く緊張を帯びる。

 魔物を奴隷化する魔法は確かに存在するが、あの場で目撃した光景はそれとは異質だった。

 傷を負った凶暴なドラゴン種が、まるで忠実な飼い犬のように従順にしていたのだ。

 セリフィアに問いただしても、彼女すら知らぬ術があるかどうか知らない。


「恐らく――『魔王の後継者達』ね」


 その名が出た瞬間、セリフィアの眉がわずかに動いた。

 遥か昔、アークライト一族から魔王が現れ、世界を席巻し、滅亡寸前まで追いやった伝承。

 その痕跡はほとんど失われていたが、ただ一つ「エルグナーシア」と呼ばれる不毛の地が王国の果てに残されている。

 初めて神の子孫が魔王により葬られた地として――。

 調査の結果、街の遺跡こそ見つかったが、呪いや特異な魔力の残滓は無い。

 それでも、誰一人として定住しようとはせず、不気味な沈黙だけが土地を覆っていた。


 セリフィアが責められることはない。だが「魔王」という言葉は、彼女の血脈に無意識の影を落とし続けている。


「誰だったの? 顔は見えた?」

「いいえ。姿は見えなかった。ただ……声は若い男のもので、どこかで聞いた覚えがあるのよ」


  『魔王の後継者達』は一人二人の話ではなく、世代をわたって存在が確認されてきた組織だ。

 最初に記録されたのは百年以上も前。偶然か必然か、魔物の群れの後に必ず姿を現し、取り調べを受けかけたところを新たな魔物が庇うように出現し、自らを「後継者達」と名乗って去った――そんな記録が残るのみ。

 彼らの目的も規模も一切不明。

 ただ一つ、初代魔王のように魔物を操る力を持つ可能性だけが、王国を不安にさせていた。


「もし助けが必要なら言って。いつでも力になるわ」

「セリ……ありがとう。もし私の力を超える事態になれば、必ず頼らせてもらうわ」


  二人はその後、緊張をほどくように他愛ない話へと移り、庭園の午後をゆったりと楽しんだ。




  ――その頃。

 人が寄りつかぬ「エルグナーシア」の奥地。そこに口を開ける巨大な洞窟があった。

 『魔王の後継者達』の拠点である。

 長らく人の目に触れぬまま、その暗がりの中で育まれた秘密の巣窟。

 広間には深いフードを被った影が数人、退屈を持て余すかのように思い思いに座していた。


 石を打つように、硬質な靴音が響く。

 フードの下の瞳が一斉に入り口を向いた。


「……相変わらず、暇そうにしているな」


  臆することなく声を発した人物。

 視線を受け止めながら、淡々と広間を見渡す。


「魔王についてどれだけ探しても手がかりはゼロだ。退屈にもなるさ」

「ならば朗報だ。――魔王、いや魔王の生まれ変わりかもしれない存在を見つけた」


  その言葉は広間を震わせた。ざわめきが走り、空気が熱を帯びる。

 長きにわたり探し求めて成果のなかった彼らにとって、それはまさに渇望していた報告だった。


「だ、誰なんだ? この国の人間なのか?」

「ああ……名はワ―タル・シーク。王国の上級貴族の一人だ。奴こそ魔王の生まれ変わりに違いない!」

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