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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
魔法絶頂時代 (神域残響65)
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3-7.激闘

「ギャァォォォ!!」


  森を震わせる轟音が天地を揺さぶった。

 咆哮の主はドラゴン種。その声だけで兵士たちの鼓膜は痺れ、背筋に冷たいものが走る。恐怖は瞬く間に伝染し、誰もが己の武器を握る手に力を込めた。


 魔法騎士団が前に出て盾を掲げる。盾の隙間から中衛の魔物討伐隊が槍を突き入れるが、鋼鉄のように硬い鱗には通じない。

 ドラゴン種は一歩も退かず、ただ圧倒的な質量をもって前進する。

 移動速度は決して速くはない。だが、何人で押し止めようとも、巨躯は止まる気配は無い。

 薙ぎ払われた腕に接触した兵が、木の葉のように吹き飛ばされ、地へ叩きつけられる。


「後退しながら立て直します!」


  女王トゥエルノーラの澄んだ声が響く。

 その声には毅然とした強さがあったが、彼女の心の奥には焦燥が走っていた。

 指揮官が号令を飛ばし、兵は慌てながらも隊列を組み直そうとする。

 だが、その瞬間、ドラゴン種の牙の奥で赤光が揺らめいた。喉奥に炎が満ちる。


「ブレスが来るぞ!」


  誰かの絶叫と同時に、灼熱の奔流が吐き出された。

 避ける暇などない。誰もが死を覚悟し、反射的に顔を伏せる。

 しかし次の瞬間、炎は二つに裂かれ、左右に散っていった。焦げた匂いだけを残し、誰一人傷つけることはなかった。


「防御は私が! 皆、攻撃に集中してください!」


  その声に顔を上げると、前衛の前に光の障壁が輝いていた。透き通る結界が炎を切り裂き、続いて放たれた火球や雷撃すらも弾き返す。

 兵たちの胸に希望が灯る。守られている――その確信が、再び彼らを戦いへ駆り立てた。


「今だ、総員攻撃開始! 閣下を信じろ!」

「おぉぉ!」


  鬨の声が森を揺らす。

 槍が一斉に突き刺さり、魔法が雨のように降り注いだ。

 最初は弾かれていたが、やがて鱗にひびが入り、赤黒い血が滲む。攻撃が重なるごとに、その傷は広がっていく。


 だが、ドラゴン種は黙って屠られる存在ではない。

 ブレスや魔法こそ障壁に防がれるが、間近に迫った兵までは守れない。

 腕の一振りで兵士が宙を舞い、至近距離の炎が前衛を焼いた。犠牲者の数は刻一刻と増えていく。


 トゥエルノーラの胸を冷たいものが締め付けた。

 ここで退けば国の未来は無い。秘術の使用を決断しかけた、その刹那――。


「ごぉぉ!」


  巨体が舞い上がった。誰もが目を疑った。

 飾りのように見えた皮翼が大きく広がり、羽ばたくたびに大気がうなりを上げる。

 陽光が遮られ、戦場は一瞬にして闇に沈んだ。


「全員、急いで離脱なさい!」

「陛下!」


  女王の叫びも虚しく、影は後衛の真上に落ちた。

 大地が裂けるような轟音と振動。木々がなぎ倒され、濛々とした土煙が空を覆う。

 咄嗟に展開した障壁もその質量の前には無力で、後衛は壊滅した。

 呻き声と血の匂いが戦場を満たす。


 トゥエルノーラは、最後に自らを突き飛ばした指揮官のおかげで、転倒による負傷だけで済んだ。

 だが振り返った先、巨体の下から血が溢れ出していた。


「なんてこと……」


  胸に押し寄せるのは、悔恨と怒り、そして恐怖だった。

 戦列は完全に崩壊し、立つ者はわずか。

 撤退しか残された道はない――しかし、目の前のドラゴン種が再び暴れれば、それすら叶わぬ。

 思考が凍り、表情が引き攣る。


「穿て、雷……」


  その時、森の奥から閃光が走った。

 稲妻の矢が木々を避け、兵士を避け、正確にドラゴン種を貫く。

 轟音とともに巨体がのたうち、苦痛の絶叫を上げた。

 生き残った者たちは巻き込まれまいと、必死に這いずって退避する。


「何か人と魔物が戦っていると思えば……エルか」


  姿を現したのは若い女性だった。

 だが、その場にいた兵士たちにその女性が誰なのか見覚えが無い。ドラゴン種を攻撃したという事は味方なのだろうが。

 トゥエルノーラだけが、その人物に見覚えがあった。


「セリ……どうして貴方がここに?」

「この辺りに香りの良いハーブが生えているから摘みに来たのよ。それにしても、大丈夫?」


  女王陛下と親し気に会話する若い女性に、兵達はどう対応すれば分からず、とりあえずドラゴン種への警戒と負傷者への救護に当たった。


「大丈夫よ。助けてくれてありがとう」


  苦痛に身を捩らせていたドラゴン種は、この人間が先程の攻撃を放ったのだと考え、その女性目掛けて尻尾を振り回す。

 だが、雑に広げた腕から障壁が展開され、重たい尻尾が容易に受け止められた。


「とりあえず、これを倒せば良いのね?」


  再び放つ雷が、またもドラゴン種を大きく削った。

 ドラゴン種は悟る。勝てないと。


 ドラゴン種は血を撒き散らしながら、羽ばたき跳ね、あっという間に森の向こうへと消え去った。

 トゥエルノーラは顔を強張らせた。このまま逃せば、再び被害を広げる。


「ここで倒さなければ……ごめんなさい、セリ。この場をお願いできるかしら?」

「良いけど、どうするの?」

「追いかけて止めを刺します。……皆さん、聞いてください! この方はセリフィア、私の個人的な親友です。身分は明かせませんが、実力があり信頼できる方なので、頼ってください!」


  トゥエルノーラは周囲が止めるのも聞かず、飛空魔法で逃げたドラゴン種を追った。

 ドラゴン種はすぐに見つかる。負傷を癒しているのか、深い森の中でじっと動かない。

 奇襲を仕掛ける為、トゥエルノーラは地上に降り、木陰に身を潜めて近づいた。


 もう少し近づこうと思った時、人の話し声が聞こえ、その場で身を隠した。


「ドラゴン種に話しかける人? ……まさか、『魔王の後継者達』?」


  話し声の主を探すが、木々が邪魔で姿が見えない。

 話し声から若い男性というのは分かる。

 

 どうするべきか……思いがけない状況にトゥエルノーラは迷う。

 上手くこの場で取り押さえることが出来れば、『魔王の後継者達』を捕まえる証拠となるし、捕まえれば関係者を洗い出すチャンスとなるはずだ。

 しかし、その僅かな逡巡の間に男の声は消えていた。しかも、ドラゴン種の負傷が癒されてしまっている。


(これはまずい……!)


 兵は既に満身創痍。セリが残っているとはいえ、二度目の戦闘は壊滅の危険がある。

 ドラゴン種が羽ばたき、ゆるやかに空へ浮かぶ。女王は咄嗟に魔法を放ち、発信印をその腹に刻み込むと、すぐさま木陰に飛び込んだ。


(……)


  息を殺す。

 羽音が遠ざかり、発信の気配も森の奥へと遠のいていく。


「……助かったようね」


  トゥエルノーラは安堵の息を吐いた。

 危機は去った。だが、心の奥底では、今交わされた「声」と「癒えた傷」が重くのしかかっていた。

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