3-6.統率のドラゴン種
翌朝、会議の結論は全軍に通達された。
討伐を継続する――その決定に、兵士たちの胸は昂ぶり、誰ひとりとして撤退を望む目はなかった。
昨日の不安は拭い去られ、今は誇り高き戦士として前進する覚悟だけが漂っている。
通達された作戦に従い、各部隊は慌ただしく準備を整えていった。
森の手前。女王が退却を余儀なくされた場所に、今は全軍の半数が集結している。
昨日のわずかな兵の姿とは比べものにならず、整列する兵たちの眼差しは炎のように輝き、空気そのものを震わせていた。
その光景を前に、老女王トゥエルノーラの胸に希望が芽生える。――この国の未来は、まだ明るい。
そう信じさせる力が、そこにはあった。
「通達の通り、作戦を実行します! 行きますよ!」
「おお!」
鬨の声が地を揺らし、兵たちは勇気を背負って森へと突入していった。
森の中は湿り気を帯び、薄暗い光が枝葉の隙間から差し込む。
だが次の瞬間、静寂は破られる。
狼型と亜人型の魔物が影のように飛び出し、奇襲を仕掛けてきた。狼型は鋭い牙で鎧すら断ち割り、亜人型は脆弱ながら無謀に突撃して数で押し潰そうとする。
「踏ん張れ! 絶対に止めろ!」
前衛の魔法騎士団が大盾を構え、衝撃を受け止めた。
牙が火花を散らし、衝撃が盾ごしに兵の腕を痺れさせる。だが盾は崩れず、魔物の勢いを止めた。
「今だ、やれ!」
すかさず、中衛の魔物討伐隊が長柄武器を盾の隙間から突き出し、亜人型の喉や胸を穿つ。
弱い個体は一撃で沈み、狼型は退いたところを後衛の魔法が追う。
火炎が森を薙ぎ、氷塊が粉砕し、真空刃が枝葉を切り裂く。
多少の森林破壊など、誰も気に留めはしなかった。
連携の妙により、魔物たちは抗う間もなく殲滅される。
状況が落ち着いたのを確認した指揮官の指示が飛ぶ。
「よし! 負傷者と装備破損者は交代! 直ちに移動を続けるぞ!」
前衛は二列編成。
傷ついた者は下がり、後列が前に出て盾となる。
背後では回復と修理が施され、盾は常に堅固に保たれた。
次に現れたのは蜘蛛型と鳥型の魔物。
蜘蛛型は糸を撒き散らし、兵士の足を鈍らせる。
頭上からは鳥型が羽音を轟かせ、後衛へ鋭い爪を伸ばした。
「放て!」
中衛から放たれた魔法弾が、鳥型を空中で撃ち落とす。
中衛は近接と遠距離の双方を担う過酷な立場だ。
だが彼らの奮闘が戦線を支え、後衛の大規模魔法へと繋がっていく。
昨日は苦戦した魔物たちが、今日は次々と倒れていく。
その事実が兵士たちの胸を熱くし、勝利の歓声が上がった。
しかし、安堵は束の間だった。
狼型、亜人型、蜘蛛型、鳥型――あらゆる魔物が同時に襲いかかってきた。
狼型は翻弄するように駆け、亜人型が隙間に潜り込む。蜘蛛型の糸が前衛を絡め取り、鳥型が後衛へ急襲する。戦線は混沌を極め、魔法騎士団の回復も追いつかなくなった。
偶然の一撃が前衛もろとも中衛を貫き、後衛にも危険が迫る。ひとつ間違えれば総崩れ――その恐怖が全員の背を冷たく撫でていた。
だが、誰も退かなかった。
兵たちの必死の粘りが最後には実を結び、森に生き残ったその場の魔物の姿は一体もなくなっていた。
「被害報告を!」
トゥエルノーラの声に、指揮官が答える。
「重傷七名、軽傷二十三名!」
無傷では済まない。
それでも、この規模の戦闘で被害がこの程度ならば――女王は己に言い聞かせた。
いずれにせよ、討伐をやり遂げねばならぬ。ここで立ち止まる選択肢はない。
「一時間休憩を取ります。見張りは三交代で!」
「はっ!」
その日だけで二百体を超える魔物を討伐した。
兵士たちは期待以上の成果に笑みを浮かべ、結界を張れば再び魔物は現れぬと信じた。
――だが、その楽観は翌日、粉々に打ち砕かれる。
「な、なんだコイツは?」
「まさか、この辺りの魔物のボスという奴か?」
開けた空間に、異形の巨影が立ち塞がっていた。
まるで倒された魔物の恨みを背負って現れたかのように、黄金の双眸が人を見下ろす。
統率種――稀に群れを支配する魔物の存在を、女王は聞いたことがあった。
理解する。今回の騒乱は「魔王の後継者達」ではなく、この存在こそが原因であったのだと。
それはドラゴン種。体長二十メートルを超え、爪は鋭利な刃、鱗は鋼の鎧。
何より、その瞳に宿る理知が、ただの獣ではないことを告げていた。
「……尋ねます。この地より立ち去って頂けませんか?」
女王の言葉に、返答はなかった。
代わりに、爪先に魔法陣が輝く。
誰もが凍り付く。魔物が魔法を使うなど、想定外だった。
光が走り、女王の障壁に弾かれて爆ぜる。
「……良くわかりました。やはり、戦うしかありませんね」
兵士たちが一斉に武器を構える。
未踏の森にて、ドラゴン種との死闘が幕を開けた。




