3-4.魔物掃討作戦
「皆さん、準備は宜しいですね」
「は!」
女王トゥエルノーラの澄んだ声に、精悍な魔法騎士団と荒々しい魔物討伐隊の力強い声が重なった。
未開拓地の広がる地上に立ち並ぶのは、統一された鎧を纏った魔法騎士団、思い思いの装備を身につけた魔物討伐隊、監督役の律法省の上位貴族、そしてその全てを束ねる女王である。
今回の名目は未開拓地およびその周辺に潜む魔物の掃討。
魔法騎士団は国の正規軍であり、統率の取れた魔法戦や防衛戦を得意とする大部隊。数の多さゆえ、今回も主力を担っていた。
一方で魔物討伐隊は少数精鋭。各々が特異な戦闘技術を持ち、未確認の魔物や新技術を試す実戦部隊として活動している。
騎士団こそ上位部門に見えるが、序列では討伐隊が上位、騎士団は下位に置かれている。
役割分担の結果であるに過ぎないが、騎士団の中にはそのことに不満を抱く者も多い。
女王は折に触れて調整を図っていたが、根本的な解決には至らなかった。
それでも今回ばかりは両部門を同時に動かさねばならない。
広域に散らばる魔物を安全に処理するためには、人手と戦力、その両方が必要不可欠だった。
「本日の目的は、この未開拓地とその周辺の魔物を討伐することです。この地には、これまで確認されなかった強力な魔物が目撃されています。ゆえに今は一般人の立ち入りを禁じていますが、このまま放置するわけには参りません」
女王の言葉に、騎士団は一糸乱れぬ姿勢で聞き入り、討伐隊は思い思いの体勢を取りながらも、眼差しは鋭く集中していた。
トゥエルノーラは心中で息を整える。
――心配しても仕方がない。まずは始めるのだ。
「対象は広範囲。魔物の数は不明。数日にわたる討伐になりますので、決して無理はなさらぬよう。皆の健闘を祈ります」
「陛下、有難うございます。では予定に従い、作戦を開始いたします」
応じたのは魔法騎士団長マグネ・ロイルネル。
礼儀正しく義を重んじる人物で、実力と柔軟さを兼ね備えた稀有な指揮官だ。
その存在に女王はわずかな安心を覚える。
「宜しくお願いします。討伐隊の力も存分に活用してください」
「承知しました。確かに彼らは奔放ですが、悪意あってのことではないと知っています。その実力は必ずや我らの助けとなりましょう」
こうして、未開拓地における魔物掃討作戦の幕が上がった。
まずは視界の開けた平地に姿を現す魔物たちを標的とした。
「放て!」
騎士団指揮官の合図とともに、爆発や石杭など多彩な攻撃魔法が一斉に放たれ、雨のように魔物を撃ち貫く。
この土地はいずれ開拓される。ゆえに自然への遠慮は不要。威力を最優先とした魔法は容赦なく魔物を薙ぎ倒した。
遠距離攻撃に徹したことで死傷者は一人も出ず、魔物は百体以上が討たれた。
この日の戦果は上々で、未開拓地の大半を踏破できた。
だが本番は翌日以降。平地でほとんど働かなかった討伐隊の出番も、必ず訪れるだろう。
「今日の報告は以上です」
「ご苦労様でした。明日もその調子でお願いします」
「は!」
急造された屋敷にて、トゥエルノーラは報告を受けていた。
内容に問題はない。
ただ、周辺の森の調査では不可解な影が幾度も確認されている。注意すべきはむしろそこだろう。
女王は夜空を仰ぐ。
星々が瞬き、月光が淡く地を照らす。
(遥か昔、神々の時代に生まれたとされる魔物は、今や世界の至る所に巣食っている。人が知る魔物などほんの一部にすぎない。私たちはその深淵の端を覗こうとしているのかもしれない……)
さらに懸念があった。この地で『魔王の後継者』が目撃されたという報告である。
彼らの姿が現れた後には、必ずといっていいほど魔物の騒乱が起きていた。
直接の証拠はない。偶然かもしれない。
だが女王は思った。
――確かめねばならない。いや、むしろ自ら関わらねば。
その不安を映すかのように、月は雲に隠れ、闇がいっそう濃くなる。
明日も早い。女王は魔法で灯りを消し、静かに眠りについた。
「陛下、現場は危険です。どうか本隊にお戻りください!」
「心配をかけてごめんなさい。ただ一度、直接この目で確かめたくて」
場所は未開拓地周辺の森の入口。
安全な開拓のためには森の討伐も必要だ。報告どおり得体の知れぬ魔物が潜む可能性は高い。
昨日まで姿を見せなかった討伐隊も、この日ばかりは真剣に加わっていた。
そんな中で突然、一つの班に女王自らが訪れ、討伐に同行すると言い出したのだ。
指揮官の顔に困惑が浮かぶ。
「自分の身くらい自分で守れます。さあ、行きましょう」
「いや、万が一を考えれば……俺に責任なんて取れないぞ!」
「これは私の我儘です。貴方に責任はありません」
「陛下がそう仰っても駄目です! 通信班、団長へ急報! 他は陛下を厳重にお守りしろ!」
混乱の中、トゥエルノーラは一歩、また一歩と森の闇へと足を踏み入れた。
森の中は起伏が激しく、視界も悪い。木々の影から魔物が突如飛び出し、幾度も襲いかかる。
延焼の危険があるため大規模魔法は控えざるを得ず、戦闘は近接に傾いた。
ここで真価を発揮したのは討伐隊だった。
大きな影には先制の魔法を撃ち込み、奇襲を潰す。飛びかかる魔物には剣で応じ、動きを止めた瞬間に仲間の援護魔法で仕留める。
連携は鋭く、動きは洗練されていた。
「しかし……しぶとい魔物が多い」
討伐隊の一人が呻く。
魔法を幾度も浴びせ、剣で突き刺してようやく一体を倒せる。
戦法を改めねばならないかもしれない。そう考えた矢先――。
「ぐぁ!」
「おい、大丈夫か!」
「くそ、魔物のくせに!」
狼型の魔物が木々を蹴って飛び出した。
以前に報告された狼のような魔物とはまた形状が異なる、新種だ。
その俊敏さは常識を超え、魔法を回避して木々を足場に急旋回。
顎から伸びた魔法の牙で討伐隊の一人を切り裂いた。
幸い防御魔法が間に合い致命傷は避けたが、彼は負傷し戦線を離脱する。
すぐさま魔法騎士団が穴を埋めた。
「防御方陣!」
複数人の連携による堅牢な防御陣形。
狼型魔物は突破できず足を止める。そこへ後方から魔法が降り注ぎ、魔物は森の奥へ逃げ去った。
撃退に成功したかに見えた。だが凍りつく。
逃げたはずの魔物が、群れを率いて姿を現したのだ。その数、数十。
「こ、これは……? こんな魔物が、こんなにも……」
「防御方陣を崩すな! 撤退を……」
じりじりと後退する騎士団に、狼型の群れが迫る。
緊張の中、兵の一人が躓いた。陣形が崩れる。
「火の矢よ!」
飛び込もうとした魔物を、後方から飛来した炎が貫いた。
悲鳴を上げる間もなく、魔物は瞬く間に塵となって崩れ去った。
「やはり未知の魔物……踊れ、滅の振動よ!」
女王が詠唱を紡ぐ。
周囲には諦め顔の指揮官と主力兵たちが控え、護衛の陣を張る。
放たれた魔法は圧倒的で、幾匹もの魔物を次々と葬った。
だが俊敏な魔物はなおも魔法を掻い潜り、脅威は消えない。
「この様子では、他の部隊も苦戦しているでしょう。急ぎ討伐を続けますよ、皆さん!」
女王の声が、戦場に凛と響き渡った。




