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仮定世界のログキーパー -仮定世界創造神録ー  作者: 田園風景
魔法絶頂時代 (神域残響65)
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3-2.上級貴族ワータル・シークへの依頼

 ここは天空都市ウェルザルト。

 女王トゥエルノーラは、上級貴族の屋敷が立ち並ぶ一角、その中でもひっそりと佇む一つの邸宅の前に立っていた。


 この都市で雨が降ることは稀である。乾燥を防ぐために水路は巡らされているが、それでも大地も建物も次第にひび割れ、潤いを失っていくのが常だった。

 だが、この屋敷だけは例外だった。

 外壁は淡く濡れたような艶を保ち、庭の芝は青々と茂っている。噴水が水を撒いている様子は外からも見えたが、それだけで説明できる調和ではない。むしろ、この土地の空気そのものが屋敷を中心に潤いを保っているかのようだった。


「……流石、かの一族であるわ。私でも、ここまでの建築魔法は再現できないでしょうね」


  かの一族――シーク一族は、古来より建築魔法に秀でた家柄であった。

 だがその栄華は過去のもの。時代と共に力を失い、今では家長とその養子だけが残されている。

 それにもかかわらず、不思議なことにこの一族を取り込もうとする動きは一度もなかった。

 誰もが理由を測りかね、やがて語ることすら避けるようになったのだ。


 現代に残された最後の家長――ワータル・シークは、歴代の才をある程度は継いでいる。

 大規模建築においては群を抜く力を誇り、その造形は他者を寄せつけない。しかし精緻な細工や意匠には不得手な様子で、極端な偏りを持つ人物だった。




  女王が一人で直々に足を運んだのも、彼の気難しさを知ってのことだ。

 多人数で訪れれば、彼は必ず姿を見せない。一人であれば会ってはくれるが、それでも断られることは少なくない。

 今回は、新都市の創造という国の将来を担う大事業を託すための訪問だった。

 報酬の有無には頓着せず、ただ誠意ある態度だけを重んじる男――その心を動かすには、自らの足で訪れるしかないとトゥエルノーラは覚悟していた。


 門を押し開け、中庭を進み、館の重厚な扉の前に立つ。

 女王ですら素材を判別できぬ壁面に一瞬の興味を覚えたが、今は知的探求に耽るべき時ではない。

 魔法で来訪を告げようとした瞬間、扉は音もなく開いた。


「女王よ、ようこそなのじゃ」


  現れたのは、赤髪の長い髪を揺らす幼い少女だった。

 鮮烈な赤い瞳に、白地に赤い花を描いた衣装。シーク一族の養子、ヒガンと呼ばれる子である。


「お久しぶりね……確か、ヒガンちゃんだったかしら」


  名を思い出しながらも、いつ会ったのか記憶が曖昧な自分に、女王は老いを自覚する。

 あれほど鮮明だった過去の記憶も、いまや霞のように遠のき始めていた。

 ――近いうちに精神を活性化させる医療術を受けておくべきかもしれない、と胸中で呟く。


「家長のワータル様にお目にかかりたいのだけれど」

「居るぞ。応接室で待っておる。さあ、入るのじゃ」


  案内されるまま屋敷に足を踏み入れる。

 すでに応接室で待っているという言葉に、女王は小さな違和感を覚えた。

 訪問を予知していたかのような備え……魔法による探知の気配はなかったはずだが。

 ――魔法は万能。だが、それでも解き明かせぬ深遠がある。改めてそう痛感する。




  通された応接室は拍子抜けするほど簡素だった。

 椅子とソファ、テーブル、隅に置かれた観葉植物が一つ。それ以上の装飾も華美さもない。

 その椅子の脇に、シーク一族の若き家長、ワータルが静かに立っていた。


「陛下。お越し頂き感謝いたします。どうぞお掛けください」

「ごきげんよう、ワータル様。では遠慮なく」


  トゥエルノーラが腰を下ろすと、ワータルも対面の椅子に座る。

 すぐにヒガンが盆に茶と菓子を載せて現れ、女王の前に差し出した。

 その仕草は幼いながらも見事に整っており、女王は自然と笑みを浮かべ礼を告げた。


「それで、今日はどのようなご用件で?」

「あなたに仕事をお願いしたいの。大きな仕事よ」


  新しい都市の創造――国家の未来を左右する一大計画だ。

 既に整備された区画だけでも一年を要する。シーク一族の力をもってしても、長期の仕事となるのは避けられない。

 女王は、暇を愛するという彼が素直に応じるかどうか、不安を拭えずにいた。


「ええ、承知しました。喜んでお受けしましょう」

「……え? ああ、いやいや。一区画の話ではなくて……」


  あまりにもあっさりとした返答に、女王は目を瞬いた。

 説得の言葉を幾重にも用意していたはずなのに、その全てが不要になってしまった。


「新都市創造の話で間違いないですよね? 大丈夫です。最後までやらせてもらいます」


  呆気に取られながらも、女王はすぐに気持ちを立て直した。

 引き受けてくれたのなら、それで良い。


「有難うございます、ワータル様」

「いえ、陛下に協力するのは一貴族として当然です。それで、私はどうすれば?」


  女王は鞄から一枚のスクロールを取り出し、机の上に置いた。


「必要な情報はここに。明朝、この区画で造形局のグロウ様と会ってください。詳しい説明は彼が行うでしょう」

「承知しました」


  グロウ――ウィンド一族の長。大規模建築魔法に特化し、今や最有力の上級貴族である。

 シーク一族とは競合する力を持ちながらも、不思議と不仲の噂を聞いたことはない。二人の協力に支障はないだろう。

 女王は立ち上がり、深く礼を述べる。


「この仕事の報酬は必ずお渡しします。期待していてください」

「いえ、私は報酬を望みません。どうかお気遣いなく」

「ですが、私からの依頼で報酬も無しというのは沽券に関わります。ぜひ受けていただきたいのです」

「……ふむ」


  ――奇妙なことだ。貴族が報酬を拒むなど前代未聞。ましてや女王からの褒賞は、それだけで権威と同義の価値を持つ。

 ふと女王は気づく。屋敷にはワータルとヒガンの他、誰の姿も見当たらなかった。使用人すらいない暮らし……何か事情があるのだろうか。


「では、その報酬はグロウ様にお渡しください。そこから受け取るかどうかは、陛下の関知されることではない、ということで」


  これでは結局、受け取らないに違いない。

 女王は心の中で溜息をつき、しかし表情には出さずに微笑んだ。


「……わかりました。ではグロウ様から受け取ってください。――それでは、これで」




  屋敷を後にし、帰り道でトゥエルノーラは振り返る。

 依頼はあまりにあっさりと決まった。助かる一方で、胸に小さな棘のような違和感が残る。


「他国とも悪い噂は聞かないけれど……念のため、監視を強めておきましょうか」


  独りごちて、女王は再び歩を進めた。

 そういえば、何故ワータルは新都市創造の話を知っていたのか? しかし、浮かび上がった疑問は熱気に晒された水滴のように消え去る。


 次なる仕事があった――技術開発部で行われる新しい『火の矢』の実演を視察するために行くとしよう。

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