2-10裏 神話時代を終えましょうか
「この世界初の勇者と魔王の戦いは、勇者が勝ちを手にしたことを、この世界の神たるシーク・ワタルが見届けた」
そう宣言した俺の声は、虚空に広がるモニター越しに木霊するように響いた。
けれど、それを聞くのは俺自身と、背後で小さく首を傾げるヒガンくらいだ。
「なにやっておるのじゃ?」
振り返れば、赤髪を揺らすヒガンの大きな瞳が、きょとんとした好奇心で俺を見つめている。
「いや、ほら。偶には神様っぽいことしないと、威厳というか……神って感じが出ないだろ?」
「ワタルがやったのは、結局のところ見学と、アイテムを与えて事態を助長しただけじゃろ」
「うっ……」
反論できなかった。
事実、俺が積極的に地位や力を振るいたい訳じゃない。
けれど、俺なりに「神」という存在を演じてみたかったのだ。……本当のところは、ただ歴史の節目を見届けたい、そんな好奇心の方が大きかったのかもしれないけど。
画面の中では、勇者ウォルクとシアレナ、そしてライラが、戦いの余韻に包まれている。
瓦礫と灰の匂いが漂う都市の中では、それでも人々は歓声をあげ、再建の希望を語り合っていた。
その一方で、俺への信仰は既に薄れつつあった。
『現世』に生きる人々は、俺ではなく、創世時代を駆け抜けた英雄たちを信仰の対象とし始めている。
きっと千年も経てば、俺の名など完全に忘れ去られてしまうだろう。
でも、それでいいのだ。
世界は人が作り、人が選ぶ。俺はただ、その流れを見守る神でありたい。そう思っていた。
「さて……後始末だな。アリアンは逃がすか」
「人に任せぬのか?」
とヒガンが首を傾げる。
「任せても処刑になるだけだろ。せっかく渡した封環も、どう扱われるか分からないしな」
アリアン――初の魔王。
彼の残した爪痕は大きい。だが同時に、魔物の創造という偉業も成し遂げた。
彼の存在が、後世にどれほどの影響を与えるかは計り知れない。……だからこそ、一度だけ機会を与えてみたかった。
「そういう訳で、アリアン転送」
神力を失い、疲弊した彼に生き残る術はほとんどない。
俺はウォルクたちの目の届かぬ瞬間を選び、そっと彼を僻地へと転送した。
人に出会うことさえ難しい辺境だ。生き残れるかは分からない。
だが、それも彼自身が背負うべき試練だろう。
勇者一行は凱旋し、都市は再建へと歩み出した。
話し合いの中で、彼らは今回の戦いの問題点を真摯に語り合い、未来へと繋げていこうとする。
俺はその姿を見て、胸の奥がじんわりと熱くなる。
――この世代の人間は、根っこの部分で善良なのだ。アリアンですら、無闇な虐殺を望まなかった。
その証を俺は確かに見届けた。
ウォルクとシアレナの血を継ぐウェルザルト一族は、英雄の家系として歴史に深く刻まれた。
世界は彼らを中心に大きく動いていくだろう。その未来を思うと、俺は少しだけ誇らしい気持ちになった。
……だが、ふと気付く。俺は数日間、アリアンの行方を追っていなかった。
「そういえば、アリアンはどうなった?」
問いに、ヒガンは白い指をひらりと動かす。
瞬く間にモニターにアリアンの姿が映し出された。
「生きてはおるが……妙な場所に迷い込んだようじゃ。そこは階層世界『獄界』じゃな」
「獄界か……」
その名を聞くだけで、胸の奥に冷たいものが走る。
だが実際の獄界は、名の響きとは違う。
そこには死はなく、ただ暗闇に包まれた静謐がある。新たな命も生まれず、ただ永遠に留まり続ける世界――安らぎであり、同時に閉ざされた牢獄でもあった。
俺は小さく苦笑する。
「……あれ、実は俺の誤記でな。本当は『極界』にするつもりだったんだ。でも『獄界』も響きが良かったから、そのままにしたんだよ」
アリアンはそこで、自らを極める道を選んだのだろう。
他者を脅かさぬ限り、彼の試練は続いていく。
あの暗闇の中で、彼は何を見出すのか。俺は少しだけ興味を覚えた。
こうして、神々の時代に起きた大事件は幕を閉じた。
魔物の誕生は、人類にとって新たな脅威であり続ける。
だが同時に、それに抗うための研究や工夫は、人々の文化と技術を飛躍的に進化させていくだろう。
恐怖の影からこそ、輝きは生まれるのだ。
そして「魔王」。
それは単なる魔物の支配者ではなく、人々の存在を脅かす象徴そのものとして位置づけられた。
魔王が現れたなら、人々は互いの諍いを捨て、一致して立ち向かわなければならない。
その掟は、この戦いを教訓として固く取り決められたのだ。
一方、勇者に関しては特別な制度は作られなかった。
ウォルク自身が望まなかったからだ。
ただ彼の物語は、人々の口から口へと語り継がれていく。その勇気と挑戦の記憶は、未来を生きる者たちの心を奮い立たせるだろう。
やがて時は流れていく。
神に等しい力を持つ人々でさえ、世界の変化を止めることはできない。
人の営みは、俺の手を離れて独自の道を進んでいくのだ。
――こうして神話時代は幕を閉じる。
この時代、俺は多くを傍観していた。人々の勇気や愚かさ、善意や欲望を、ただ見守ることしかしてこなかった。
けれど、それでも胸の奥に熱が残っている。
歴史が動く瞬間を、確かに見届けたという実感が、俺を震わせていた。
「次は……もっと踏み込んでみるか」
俺は独りごちる。
人と交わり、時代に関わる。それもまた、神としての楽しみ方の一つだろう。
後、アリアンの真似をして、魔物を作ってみるのも楽しいかもしれない。
遥かなる未来を思い描きながら、俺は天界のソファーに身を預ける。新たな時代が、もうすぐ訪れるのだから。
ここで、この神話時代の幕を閉じるとしよう。




