2-9裏 決戦見学
アリアンが姿を現した瞬間、場の空気は一変した。
ウォルクもシアレナも、その圧倒的な存在感に押し潰されそうになり、まるで獣に睨まれた小動物のように身を固くしている。
あのライラですら、緊張のあまり微動だにできず、息を詰めていた。
「ま、それも仕方ないな……アリアン、世界の殆どの人から神力吸い上げてきてやんの」
「極端じゃの」
隣にいるヒガンが同意してくれる声が耳に心地よい。
俺が作った《エクリプス・リング》を極限まで使い込んだ結果、アリアンは他を寄せ付けない強者へと変貌していた。
製作者としては喜ぶべき成果だ。けれど、ゲームの神として観戦者として――そして何より物語を楽しむ一人として――俺の心はざわついていた。
だって、このままじゃアリアンのワンサイドゲームで終わっちまう。
そんなの、見ていてもつまらない。
俺は、この世界における「試練」や「物語」を作りたいんだ。
圧倒的な一強の独壇場なんて、盛り上がりに欠けるだろ?
俺は指輪を介して、ライラに小さく囁きかける。
「装具と法具を犠牲にするんだ。神器に突き差せば良い」
あの時用意しておいた「保険」が、ようやく役立つ時が来た。
「何を伝えたのじゃ?」
ヒガンが首を傾げる。俺は苦笑しつつ説明した。
「勇者組に渡した三つのアイテム、実は元は一つって設定にしてあるんだ。合体させると、一時的にアダム達の時代レベルまで神力を引き上げられる」
もちろん代償はある。装具《エーメルの円環》と法具《ミーネの呼輪》を失い、今後はもう使えなくなる。
あの回復能力や成長速度を投げ捨てるのは痛すぎるだろう。
でも、極限まで強くなったアリアンに対抗するなら、そこまでしないと勝ち目なんて無い。
俺がそう考えた矢先、ライラがまず装具を神器に融合させた。
「お、まずは装具からか。さすがライラ、判断が早い」
けれどその結果、神器の奔流に巻き込まれたウォルクは意識を失いかけ、制御できぬ暴走状態に陥ってしまった。
アリアンへと矛先を向けつつも、同時にゼアライスやリューリィへまで斬りかかる。
観戦していた魔王組にまで喧嘩を売るなんて……こりゃまずい。
「仕方ない。ライラの封印を解除するぞ」
俺は指輪を操作し、ライラに掛けていた神力制限を外した。
次の瞬間、抑え込まれていた力が爆発するように吹き上がる。
「っと、これは?」
アリアンには及ばないが、ライラの神力もまた常軌を逸していた。
制限中ですら成長していたというのか。技術力も精神力も超一流なのに、神力においてもここまでとは。
――これが、本当の天才か。
「どうやら、制限中も成長しておったようじゃの。それにしても凄いのじゃ。もしアイテムの補正無しで比べたら、ライラの一人勝ちじゃぞ?」
「た、確かに……」
ライラ対魔王組三人。戦場に轟く衝突音は、空気を震わせ俺の鼓膜を揺さぶる。
砂塵が舞い、瓦礫が吹き飛び、まるで天地そのものが呻いているかのようだった。
その裏で、シアレナは暴走するウォルクを必死に抑えていた。
「ウォルク……聞いて。私は……貴方が好き」
モニター越しに彼女の声が俺の耳へ届く。思わず吹き出しそうになった。
「おいおい、ヒガン聞いたか!? 愛の告白だぞ! 激戦を背に愛の告白って、なんだよそのドラマ! 羨ましすぎる!」
「若者は良いのぉ」
俺たちはソファーに転がり、身悶えながら笑っていた。
にやけ顔が止まらない。自分のことじゃないのに、どうしてこんなに照れるんだろうな。
そしてシアレナは、ついに法具を神器と合体させた。
まばゆい閃光が二人を包み込む。物語の定番の演出だが、やはり胸が熱くなる。
しかし、ライラの戦いはそこで終わった。
全ての制限を外した彼女ですら、極限のアリアン、努力の権化ゼアライス、術の申し子リューリィの三人には及ばなかった。
倒れたライラの神力を、アリアンは容赦なく吸収する。
――これで、この世界にアリアンを止められる者はもう居ない。
そう思った瞬間。
再び立ち上がったのは勇者ウォルクだった。
完全体となった神器を握りしめ、そこから溢れる神力はアリアンに匹敵する。魔王組もその異様さに息を呑み、視線を奪われていた。
そして始まった勇者と魔王の決戦。
一閃。ゼアライスとリューリィが倒れる。彼らも強者だが、この次元の戦いには到底ついていけなかった。
残るはウォルクとアリアンの一騎打ち。
その光景は、まるでかつてのサリムとカイレルの兄弟喧嘩を思い起こさせる。
俺は震える指先で頬を押さえながら、目を逸らせなかった。
刃と剣がぶつかる度に、世界そのものが削られていく。崩れ落ちる山、砕け散る大地、響き渡る轟音。移動は音速を超え、残光だけが視界に線を刻む。
互いに削られた肉体を即座に再生し、反撃に移る。
戦場の熱と焦げた匂いが、モニター越しなのに鼻先を刺激するようだった。
夜が明けるまで続いた死闘。互いの力は限界に近い。
場所はいつの間にか、黒の居城にまで移していた。
「いや~良い勝負だな。ヒガン、どっちが勝つと思う?」
「能力的にはアリアンが勝っておる。ただ、この領域になると些細な差が勝敗を分ける。運じゃな」
「確かにな。勢いはウォルクの方か?」
息を呑む俺の目の前で、最後の一撃が放たれた。
互いに致命傷級。
どちらも倒れる――そう思った瞬間、踏みとどまったのはウォルクだった。
勇者と魔王の決戦。その結末は、数多の期待を背負い、そして応えたウォルクの勝利で幕を閉じたのだった。




